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ことの葉暦

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風の声

乃木坂の駅から東京ミッドタウンに向かう路の途中に、とっても立派なプラタナスの樹が立っています。
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一見二本の樹に見えますが、もっと根元の方で繋がった一本の樹です。夏には木陰を、葉を落として冬には日だまりをくれる落葉樹。都会の汚れた空気にも強く、多少刈り込まれたぐらいでは枯れないので、街路樹として出会うことが多い樹ですが、ここまで立派なのに会えることはあまりありません。根っこを踏まれっ放しだろうに、ほんとに、立派で素敵です。

葉柄が長くて葉っぱが大きいプラタナスやポプラなどの樹は、風や光とよく唄います。きらきらした木漏れ日と、風の声が降ってくるその心地よい木陰は、古代から人間たちに愛されてきました。
昔の人たちにとって、風は神様の声でした。そんな「神様の声」と一緒になって唄声を響かせるこれらの樹の木陰には、多くの神殿が建てられたといいます。これらの樹はまた、地下深くの水源に向かって根を伸ばす力強さがあり、泉のほとりに立っていることが多いのだそうです。「泉」は、いのちにとって聖なる場所でした。浄化と癒しと再生の場であり、天国や冥界への通り道でもありました。その「境界」の地深くに根を張り、光に向かって手を伸ばして立つ、風に唄う樹々たち。そこを守り、そこを繋いで立つ彼/彼女たちは、太陽/月や、冥王星と結びつけられるといいます。

今夜は、双子座で新月が起こります。双子座は「風」の星座です。そこで太陽と月という相対する二つの「光」が重なります。さらにこの新月は、やはり「風」の星座である水瓶座にあるドラゴンヘッドと、「地」の星座である山羊座にいる冥王星と、ゆるやかにではありますが、それぞれ120度・150度の角度を創ります。
人間の意識が複層的である、ということは、フロイトやユングを持ち出すまでもなく、聞いているよ、という方も多いかと思います。太陽は「意識」を、月は「無意識」を象徴するとされます。それらが重なっている新月の時期は、自分の想いが向かっているところを、クリアに見定めやすいのです。
ドラゴンヘッドとは、「開けられることを待っている扉」のようなもの、とかつてお話したかと思います。その扉を開けることができてこそ展開する何かがあるわけです。その扉(ドラゴンヘッド)を、層を成す意識のそれぞれに宿る光(太陽と月)が、きれいにかたちを描き出す、自然な陰影をともなうように(120度)照らし出している。
扉が開いたような感覚に、なれるかもしれません。外に出られたような、または入りたかったところに入れたような、風が通ったような、もしくは探しものが見つかったような、そんな感覚が、あるかもしれません。
ただそれは、「地」の星座にいる冥王星が省みられることを訴えてもくるので、一気に心が軽くなって、さっとどこかへ行けるような雰囲気のものではないかもしれません。ちょうどここのところは、双子座の支配星である水星が、懸命に流れを遡ってきた時期でもありました。
けれど、「ここにいる」ことと、「どこにも行けない」ことは、同じことでは、ないのです。

風の新月の香り
   ペパーミント 2滴
   レモングラス 1滴
   サイプレス 3滴 
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by leaf-child0802 | 2009-05-24 14:57 | 星空のお話 | Comments(0)
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