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ことの葉暦

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あたたかな感触 後篇 スープ

「それからはスープのことばかり考えて暮らした」

…食いしんぼうさんのお話、というワケではなく、ある青年の日々に、真剣に誠実に美味しいスープをつくろうとすることが濃密に溶けていく様を綴ったお話です。
大切にされたレシピノートのページにこもっていることの密度がだんだんと濃くなっていくみたいに、彼の暮らしをつくるヒトやモノたちが一緒にある様が、だんだんと絶妙なものになっていきます。オリジナルで、かけがえのないものになっていきます。
そうして、そこに記された文字たちから思い浮かんでくるものは、ほんとうにあたたかで美味しそうで、まるでスープみたいです。

すっかり寒くなったこの頃、毎日のように、なにかしらスープめいたものを食べています。
私が一番好きなのは、やっぱり子供の頃からスープと言えばまず、といった感じであった、コーンポタージュ。レストランのコースで出てくるような、裏ごしされて均一に、なめらかになっているヤツじゃなくて、コーンの粒々がざくざくしているようなヤツです。
日本のスープ、と言えばmiso soup=お味噌汁、ですが、それに限ってなら、とろろ芋のお味噌汁、あさりのお味噌汁、茄子とおそうめんのお味噌汁、をベスト3にあげましょうか。

でも日本のお味噌汁は、基本「ぐつぐつ」や「ことこと」してはいけない、ので、私の中ではスープとはちょっと異なるもの、な感じがしています。
なぜなら、スープとは、火と水の魔法を丹念にこめた食べもの、だと思うからです。

火(=熱と光)と水は、いのちを創造し、育む、もっともessentialなものです。
そしてまた火は、わたしたちの愛と心のエネルギーの象徴です。
水は、世界とひとつであろうとする、わたしたちの深い意識のエネルギーの象徴です。
そんな火と水と、ぐつぐつと、ことことと、ゆっくり丁寧に再び溶け合うことをしたいのちたち。

…ちょっと錬金術的なイメージ。

でもそんなスープだから、安心できて、元気になれて、美味しいのだと思います。
そしてとっても正直なわたしたちの身体は、ほんとうに自分にいいものをいつだって分かっていて、だから自分を癒したい時は、スープが欲しくなるんだなあ…と思います。

そんなスープを星で表現するなら…
あたたかくて栄養がたっぷり、という感じは木星っぽいのですけれど、安心させてくれて、癒してくれる、という感じ、胃を満たしていく感触の明らかさ、流動体である、ということ…を思うと、月がふさわしい気がします。

スープみたいな月の香り
   カモミール・ローマン 2滴
   パチュリ 1滴
   エレミ 2滴 




美味しく食べられる、ということは、安心して生きるためにとても大切で、そんな基本をしっかりと満たしてこそ、わたしたちは「よりよく生きる」ということについて考えることができるようになります。

先日、NHKの「クローズアップ現代」で、人々が「食べることに飽きてしまっている」という問題が取り上げられていました。大切なものの大切さを忘れてしまう、ということは、とても哀しいことです…。
また、摂食障害になってしまう方には、子供の頃に家族で楽しく食卓を囲んだ記憶があまりない…というレポートもありました。食べる、という行為を、生きているよろこびだとか、幸せの感触だとかに、ちゃんと結びつけておく、というのは、健やかに生きるためにほんとうに大切なことなんだな、と思いました。

ちなみに私はひとり暮らしがもう長いのですが、食事の場、というより、食べもの(とお酒)そのものを楽しみにできてしまうタイプなので、ひとりの食卓がまるで苦にならないのですね。
特に、アロマセラピーやハーブの勉強をして、植物たちとますます親密になってからは、お野菜や果物の感触を確かめつつ、感謝しつつ食べる、ということを、自然にとても楽しめているので、ひとり静かな食卓もとっても気に入っています。

そんなワケで、あまり外食、というものはしないのですが。
それでもやっぱり、ここへ行けば美味しいモノが食べられる!…と信頼できているお店の存在は、その街へ寄せる安心感だとか、愛着をいや増してくれるものですよね。

そんなお店をちょっとご紹介すると…

今暮らしている辺りなら、
すぐお向かい、ぐらいのご近所にあるお蕎麦とお野菜料理(+黒糖焼酎もアリ)のお店。(蕎麦たじま)
麻布十番にある、沖縄料理のお店。(taachi。ちなみにこちらも黒糖焼酎アリ、なんです。)

外食を余儀なくされる旅先で、そんなお気に入りのお店を見つけられるととっても心強いのですが、お馴染みの奄美には、ほんとに何もかもがちょうどよくてほっとするイタリアンのカフェがあります。(MISHOLAN BAR susuMUCHO。お風邪を召されたというシェフムーチョさん、みんながいつも美味しいモノを楽しみにしてますから、どうぞお身体を大切に!)

お釈迦さまもキリストも、お坊さんも修道士も、求道者や聖人は、食べることに執着してはいけないことになっていたりします。
でも、執着はしなくても、大切にはするんだと思うのです。いきものなのですから、そうあっていいと思うのです。
生かされていることに、素直に感謝するためにも、美味しく食べられることは、ほんとうに大切だなと思うのでした。
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by leaf-child0802 | 2009-11-05 14:32 | 本棚 | Comments(0)
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