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ことの葉暦

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いまひとたびの、奈良へ 本編 その2

清々しい。
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ここは、春日大社の参道すぐ脇に広がる、「飛火野」というところ。
春日山を一望できる、とてもとても気持ちのよいスペースです。
大切に護られてきた春日山の森は、原生林/原始林のかたちをとどめていているのだそうで、そんな太古の森が、市街地のすぐそばにあるのはものすごく珍しい、貴重なことなのだとか。
課外授業なんかで気軽に訪れていた、奈良育ちの私にとっては身近な森。鬱蒼と深いのに、植物たちのいのちの、屈託なく澄んでいる光がやさしく満ちて、安らかに明るい森です。いつまでもいたくなるような、ほんとうに心地よい森なのです。

そんな森から流れてくる風を受けとめようと開いているような、飛火野。
フンコロガシ、という珍しい昆虫が棲んでいることでも、有名です。
フンコロガシ=スカラベは、古代エジプトにおいて、大地=地平線から生まれ昇る太陽と、復活・再生のシンボルとされていた、聖なる虫。
ここでは春日の神さまのコンパニオンである鹿たちと、仲良く暮らしています。

冬の終わりの、春の始めの、雨の後の、うるわしいお天気。
澄んだ空の青は、高いようでいて、ひたひたとした肌触りさえ感じられるようで。
呼吸のたびに、美味しい水を飲んでいるような。洗われていくような。
そんな清々しい日でした。

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この野原にはとても立派な樹が何本もいるのですが、↑は、松ばかりが、サークルをつくるみたいにして立っているところ。
たしかこの辺りでは、薪能の奉納が行われたことがあったように、記憶しています。(小学生の頃剣道少年だった弟が、その前座の試合に出たことがあったような・・・。)
能というのは、アニミズムやシャーマニズムに繋がるものを、そのルーツに持っていると考えられていて、能舞台の背景に描かれている松には、神さまが降りてくるための依り代の意味があるのだそうです。長寿・永世・生命の樹である松。しかもその松が、始まりと終わり=永遠であり全て、のシンボルであるサークルをつくっているのですから、これは神様も、ここに降り立ってみたいな、と思われることでしょう。

私の一番のお気に入りの樹は、このコ↓。
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伸びやかな楠。
人間の都合で剪定などをされることがないその枝ぶりの、屈託のないこと!
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風や光を存分に受けとって、ご機嫌な、可愛い声で唄ったり、お話したりしています。

ちなみに、このとりわけ立派な樹々たちの周りには柵が設けられていて、すぐそばまでは残念だけれど、行けないのです。
けれども鹿たちは、その柵を軽々と飛び越えています。
きっと柵は、鹿たちが樹皮なんかを食べてしまうのから、樹々たちを守っているのでは、ないのでしょう。
根っこが踏まれ過ぎないように、そして故意に傷付けられないように、人間たちから、守っているんだと思います。
大切にしようとするからこそ、ではありますが、ちょっとかなしい眺めでもあります。

パワースポット、なるものがブームらしいこの頃ですが、由緒とかご利益とか、そういうものが語られなくても、いのちや、自然や、この世界のありさまの気持ちよさと心地よさをよろこばずにいられなくなれるなら、そこはまぎれもないパワースポットなんじゃないかな、と思うのです。
ここは、ほんとうに元気になれる、素敵なパワースポット。
ここがいつまでも、健やかで安らかでありますように…。

飛火野の香り
   パイン 1滴
   シダーウッド・アトラス 1滴
   ローズウッド 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-02-23 16:07 | 奈良のこと | Comments(0)
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