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ことの葉暦

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続・Philosophia

性格は運命、とか、性格が運命、とか。
最初に言ったのは哲学者だったか、心理学者だったか、誰だったか・・・。
正確なところはわからないのですが、心理占星術、なんてものに関わる身としては、立ち止まらずにはいられない、言葉です。

親によく「考え過ぎや。」と言われる私ですが・・・そうして立ち止まっては、考えてしまう・・・。
だってそういうnatureなんだもの。

最近よく、哲学者、と呼ばれる方々が書かれたものを読んでいます。
考えることのエキスパート、とされる方々。

「考える」…極めて主体的で、かつintellectualなことのように思われていたりしますが・・・。

それは、才能であり、宿命。
趣向を変えて言ってみるなら、カルマでありダルマ。
・・・実はそんな風に「感じて」らっしゃるエキスパートが、少なくないみたい。

それは、もしかしたら、突き詰めることに献身した先の、突き通ったところでだけ感じられる、「明け渡し」の感覚・・・なのかもな、と思ったりします。



鷲田清一さんの「普通を誰も教えてくれない」の中の、一文を。

「わたしの専攻は哲学である。「哲学者」は、ものごとを深く考えるひとだと思われている。そしてその考えつめたことをえらそうに語る。けれどこれはとんでもない思い違いなのではないかと思った。
 哲学は市井のひとたちのなかに生きている。多くのひとたちによって生きられている。ほんとうに大事なものは何か、それをひとびとの生き方のうちに見つけるのが哲学ではないのか。それがすべてでないにしても、哲学理論を「発明」するのではなく、哲学を「発見」すること、そして、生きられたそれを言葉や論理にして、多くのひとに伝えること、そういう媒介者の役をつとめるのが、「哲学者」の仕事ではないのか・・・」

媒介者の役。
オーラソーマでは、「透明の筒になる」といったりします。
私は、「神さまの通り道になる」というのが、好きです。
大切なことが、そこを通って、伝わる。繋がる。

そんな役をつとめるために、才能に、宿命に、己を明け渡す・・・。

幸せな生き様だな、と、思います。

明け渡しの香り
   モミ 2滴
   フランキンセンス 2滴
   ローズウッド 1滴
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by leaf-child0802 | 2010-10-17 13:00 | 本棚 | Comments(0)
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