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ことの葉暦

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カテゴリ:お出かけの記憶( 47 )

true beauty

久しぶりに舞台を観てきました。

ETERNAL CHIKAMATSU
@シアターコクーン



自殺した夫の負債を抱えて、
明日も、
三十年後も、
娼婦として生きなければならない。
そんな現実に倦み疲れて
死を想っていたハル(深津絵里)は、

無惨な心中物語の内にあらしめられて
永劫の苦しみに囚われている
江戸時代の遊女・小春(中村七之助)の霊に出逢います。

小春を救おうと、
懸命になるハル。

憐みや同情のゆえに、ではなく。
愛さずにはいられなかったから。
小春の美しい魂を。

そうしてハルは、思い出していきます。
愛する者であれる、
そのような自らの美しさと力強さを。



ハルを、
そして、
この舞台にあらわされたすべてを、
正しく尊いものへと接続しているのは、
小春の存在の美しさ。

その役は、
女優さんには務めることができないのではないか、と思いました。
歌舞伎の女形である七之助さんだからこそ、務めることができたのではないか、と。



女形を、
女の美しさを表現するもの、としてしまうのは、
もしかしたら正しくはないのかもしれない、と思います。

女の形を依り代として、
ほんとうに美しいという何かを、
私たちの目の前に、
顕現させる。

きっと女形とは、ほんとうはそういうもの。



女形の、花形としての役目の重みをしっかりと担い、
みるたびに美しくなっていかれる七之助さん。
ほんとうにこれからも楽しみです。

そのような役者が同じ時代にいてくれることに、感謝!



小春の香り
   ラベンダー 2滴
   マジョラム・スイート 1滴
   ベルガモット 3滴
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by leaf-child0802 | 2016-03-22 10:04 | お出かけの記憶 | Comments(0)

幻想という名のremedy

今月は、展覧会のお話をもうひとつ…。

マグリット展
@新国立美術館



それは、
「絵画」という、
まぎれもない「視覚芸術」のはずなのだけれど、
「見えているものの正確さ」に頼ることを、
気が付く間もないほどに
自然に超えさせてしまう…

彼の絵を前にする時、
私たちは、
常識、とか、
当然、とか、
そういったものに腰を下ろしたままでは、
自然といられなくなります。

そうして、
もっと自由に世界を見ることへと、感じることへと、
気が付けば誘い出されているのです。

それでいて…

それは、
共にできる世界から、
共にあれる世界から、
意味があり、
必然がある、
そんな世界から、
決して私たちを放逐しない。



彼の描く
あの清澄な空のもとには、
あの清澄な光とともには、
不安など、
危うさなど、
なくて、

この世界の美しさを、
きっと彼は、
心の奥底で理解し、信頼している…
そんな気が、しました。



幻想に任せることで、
回復できる健やかさも、
きっとあるのですね。



幻想という名のremedyの香り
   クラリセージ 3滴
   ゼラニウム 2滴
   スパイクナード 1滴
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by leaf-child0802 | 2015-06-23 09:39 | お出かけの記憶 | Comments(1)

serenity

私の自然として、
そうするべくして、
そうなるべくして、
あるのだろうか。

Yes、と答えられるように、生きよう。

私が大切にしていること、です。

すなわち、
シンプルに生きること。



シンプルなかたち展 
  美はどこからくるのか」
  @森美術館

杉本博司、大巻伸嗣、オラファー・エリアソン…
大好きな作家さんたちが参加されている、展覧会。

その世界観の内に寛がずにいられない自分であれる様な気に、
ふとなれたある午後、
出かけてみました。



静謐な場所が、そこにはありました。

黙しているのではなくて、
宇宙で最も美しい音に満たされているような、
そんな安らかな場所が。



世界の美しさに安らうことの、たしかな経験。
それは私たちを、
静謐へと、
そして、
シンプルへと、
還していく。



静謐さ。
serenity。
ほんとうの静けさ。
それは私たちを、
閉じ込めたりはしないのです。

その美しい音に聴きいる時、
私たちは自然と開いていく。
この世界へと。

その音のもとでは、
私たちは、
自然とひとつになっていけるのでしょう。



この世界は、
自然として、
本質として、
安らかで美しいところなのだと、
あらためて実感できた、
そんな午後でした。



静謐さの香り
ユーカリ・シュタイゲリアナ 1滴
マートル 1滴
ラベンサラ 1滴
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by leaf-child0802 | 2015-06-11 10:39 | お出かけの記憶 | Comments(0)

祈りの歌

週末、ちょっとしたお出かけをしてきました。
友人夫妻が出演するコンサートのために、東京オペラシティへ…。

 高田三郎作品による
 リヒトクライス第20回演奏会
 「水のいのち」出版50年記念

日本の作曲家たちの間にあって、
清く力強い星として、紛う方なき光を放っておられる、高田三郎先生。

そんな先生の音楽を、
しっかりと伝え継いでいこうと、
先生の最も親しい弟子である鈴木茂明先生を中心にかたちづくられている「輪」。

それがリヒトクライスです。

(「リヒト」はドイツ語で「光」
 「クライス」は「輪」という意味なんだそう。)



「水のいのち」は、
高田作品の、というだけにとどまらず、
日本の合唱曲の、代表曲のひとつ、となっている曲なので、
ご存知の方もいらっしゃるかと思います。

今回は、そのイタリア語版が演奏されました。

イタリア語は、
最も歌曲に適した言語だ、と言われたりしますが、

それが歌われる妙を堪能できました。

高田先生は、
ロマンティシズムや、
センチメンタリズムに堕ちいることなく、
それでいてしっかりと、
「言葉」を、
そしてそれにあらがいがたく動かされていく「心」の流れや、
寄り添うように動いていく「魂」の感触を大切に旋律をつくっていかれる方なので、

そんなかけがえのない「言葉」を、
他の言語にうつすことは、
ほんとうに重いお仕事だったろうと思います。

でも、
(私はイタリア語をよく知っているワケではないけれど、)
しっかり成し遂げられているように、感じられました。
(訳者の松本康子先生も、会場にいらしていました。)



そして、
コンサートのもうひとつの要は、
「典礼聖歌」。

カトリックが御ミサで歌う歌たち。

実は、
日本のカトリック教会で歌われる歌のほとんどは、
高田先生によるものなのです。



「普遍的な(=catholic)」
…という名を冠する誇りに長い間拘泥してきたカトリック教会が、
「同じではない」ということを正しく受け容れ、
その上で、
「ひとつになれること」「ひとつであれること」の豊かさとほんとうに向かって開こうとするようになって、
まだ半世紀ほど。

いつでもどこでも否応なくラテン語で執り行われていた御ミサで、
人々が共に生きているそれぞれの言語を使うことが認められるようになってからは、
まだ数十年ほど。



「典礼聖歌」。
クリスチャンでない方には、馴染みのない呼び方かもしれませんね。

「讃美歌」ではないの?…と。

その違いを語ることは、ちょっと難しい…。

でも私なりに、拙いながらに、語ることをゆるしていただけるなら…



「讃美歌」は、
私たちの想いの表現のために歌われるもの、のような気がします。

一方で、
「典礼聖歌」は、
祈りのために歌われるもの、のように思っています。
私たちの、自己表現のためでは、純粋になくて。



では、
「祈り」とはなんでしょう?



以前、
「『祈り』とは『お願い』ではない。」
…と書いたことがありましたが…。



「祈り」とは、

応えてもらいたくてするもの、ではない。

応えようとして、
応えとして、
するもの。

呼びかけてくださる方に、
招いてくださる方に、
真っ直ぐに開いてあるなら、
何をしているのであろうと、
その時私たちは、
祈りの内に生きている。

…そんな風に、言ってみたいと、思っています。



そんな大切な、
「祈り」を、
「応え」を、
私たちが共に生きている言葉で、できるようにする。

そんな大きく重い使命を託され、果たされたのが、高田先生だったのでした。



先生が、いのちを注いでつくられた曲たち。

混声合唱の豊かな響きによって、
ゆっくりと味あわせていただくことで、

私自身聖歌奉仕者として招いていただき、
ささやかながらも、
そんな曲を歌い、伝え継いでいくことを担わせていただけていることに、
あらためて幸せを感じました。



祈りの歌の香り
   エレミ 2滴
   ローズマリー 1滴
   ベルガモット  2滴



今回のプログラムの中に、
高田先生が個人的な言葉で書かれた、
こんな一文がありました。

「人間の中には必要でない人はひとりもなく、
 ただその人が、その必要な場にいって精一杯生きるかどうかだ、
 ということもわかってほしい…」

私たちは、
必要な場にいって、
精一杯生きねばならない。

でも、
どこが必要な場なのかは、
私たちは、
自分一人では、
決してわかることはない。

だからきっと、
大切なのです。

応えてもらいたい、とするばかりでなく、

呼びかけに、
招きに、
応えられるようで、あることが…。

祈りの内に、生きることが…。
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by leaf-child0802 | 2014-02-03 10:58 | お出かけの記憶 | Comments(0)

平和への祈り

生まれたばかりの2014年、大切に過ごされていますか?

皆さんが、
健やかなよき日を積み重ね、
よき年を創っていかれますように、と、祈っています。



「一年の計は元旦にあり。」と言いますよね。

元旦は今年も、
「よく働けるよろこびに充ちた一年にできますように。」
…という願いと共に、
去年に引き続き、教会の新年会のお台所仕事をさせてもらって過ごすことにしていました。

新年会はお昼に終わるので、
あとはお家で一人ゆっくり静かな時間を…

と思っていたのですが、

知人が誘ってくれたので、予定していなかったけれど、すぐお家には帰らず、映画を観に行くことに…。



「永遠の0(ゼロ)」



おそらく自分一人では観に行くことはしなかっただろう映画でした。
でも、観てよかった、と思えた映画でした。



大切なことをシンプルに、たくさんの人に伝えたい、となると、
その表現は、陳腐に堕してしまうことも、しばしばあったりします。

殊に、
伝えたいことが「愛」についてだったりした時は…。

しかも、
「最新CGを駆使したエンターテイメント大作」のかたちをとらなくてはいけなかったりした時は…。

大切なことを伝えようとしている、とは解かっても、
しらけてしまうと、
かなしいですよね。

でも、
この映画は、
大丈夫でした。

静かな感動の方が、
ちゃんと残った映画でした。



生きる、ということは、
決して楽なことではない。

私たちは、
いたみのないままでは、決していられない。



私たちは、
生きることに意味を求めずにはいられない生きものです。



なぜ私たちは生きるのか…
生きなければならないのか…
そう問うことを、誰もがいつかはするのではないでしょうか。



そして…



そう問わずにはいられなくなる時…
それは、
おそらくきっと、
私たちが、
生きることのいたみを思い知った時、です。



そんな時…



そのいたみのあまりに、
私たちは時として、
生きることを、
罪だ、としてしまうことがある。
罰だ、としてしまうことがある。



それでも…



どうか、
忘れないでください。



生きることは、
尊い。



そして…



そのことと共に、



どうか、
覚えていてください。



死ぬことは、
尊い。



死ぬことの尊さを覚えているものでなければ、
生きることのほんとうの尊さを覚えていることは、できません。

生きることの尊さを覚えているものでなければ、
死ぬことのほんとうの尊さを覚えていることは、できません。



平和で健やかな世界とは、
きっと私たちが、
このことを忘れることがない世界なのではないかな、と思います。



それぞれが、
生きることと、
死ぬことが、
正しく愛され、
正しく全うされるようでありますように…。



カトリックは、元旦を、
「神の母聖マリア」に捧げ、
世界平和のために祈る日、としています。

奇しくもそんな祈りの日にふさわしい映画だったのでした。



平和への祈りの日の香り
   フランキンセンス 2滴
   サイプレス 2滴
   ゼラニウム 1滴
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by leaf-child0802 | 2014-01-04 09:18 | お出かけの記憶 | Comments(0)

暗黒ではない中世

私のパリの、二大お気に入りスポット。

サン・シャペル。
そして、
クリュニー中世美術館。



「暗黒の中世」などという言われ方が、ありますよね。

「私たちこそが、光である。」…と高らかに宣言するかのようだった、
そうして、人間の可能性を解放し尽くさんとするかのようだった、
ルネサンス以降の「明るさ」との対比で、そう感じられているのかもしれないけれど…

私は、中世の「暗さ」も好きなのです。
…というよりも、
幽けきものだったかもしれないかもしれないけれど、
失われることがなかった光が、
「暗さ」と共にあったからこそ、いっそう尊く感じられるような、
その妙が。

そして、
敬虔さのようなものが、醸されてあるような、そんなところが。



そんな中世美術の中でも、大好きなのが、タピスリー。

花や樹に満たされた、つづれ織り。

楽園、のような。

活き活きと愛らしい花や樹たちは、
ただきれいだから織り込まれているのではなくて、
きっとメッセージを託されているのだと、
どうしてもそう思って、みてしまう。

全てのものには、意味がある。
神さまがきっと、意味を託してくださっている。
そう自然に思って、みることができること。
そうして小さきものたちのひとつひとつを、
自然に尊び、愛で、慈しむことができること。

そうできれば、
私たちは、
いつもよろこびながら、
この世界を生きることができる。

もしかしたらそれが、
敬虔、ということ、なのかもしれません。

とにかく、
それをみることは、
とても幸せなんです。



そんなタピスリーの最高傑作と呼ばれる連作「貴婦人と一角獣」をみることができるのが
クリュニー中世美術館。

ただ、現在美術館は改修中なんだとか…。

なのだけれど…
幸運なことに、
仮住まいのひとつとして選ばれたのが、
なんと、我が家から歩いて少し、の新国立美術館!

ということで、
行って来ました!
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(展覧会の詳細情報はこちら→

帰って来たくはありませんでした!
…というぐらい、素晴らしいスペースになっていました!

クリュニーよりも、
奥行きも天井高もゆったりとしていて、

壁には、
作品保護のために、
極くやわらかく整えられた光を、
そっと受けとめて、そっとたたえるのに足りるだけの、さりげない光沢を備えた墨黒の布が、はられています。

そのほの暗さと、ほの明るさの加減が、
なんとも心地よいのです。

タピスリーたちも、
活き活きと安らいでいるようでした。

クリュニーでみるよりも、もしかしたら、その魅力を、堪能できるかも?!
(改修中のクリュニーだってきっと、素敵な空間に出来上がるのでしょうけれど。)



とにかく、オススメです!
私ももう一回、行っちゃおうかな。



中世の敬虔の香り
   マジョラム・スイート 1滴
   プチグレイン 1滴
   マートル 1滴
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by leaf-child0802 | 2013-06-11 08:33 | お出かけの記憶 | Comments(1)

わが祖国

ミュシャ展
パリの夢 モラヴィアの祈り
@森アーツセンターギャラリー

いつまでたっても、どうやっても、人混みが苦手な私が、
珍しく森タワーに上ったのは、
「SKY DECK」のためではなく、
ミュシャに会うためだったのですね。



もう20年ほど前のことになると思うのですが、
渋谷の文化村の美術館に、
彼の代表作である、「スラヴ叙事詩」の一枚、
「聖山アトス」が、やって来たことがありました。

今思えば、とんでもなく特別なことです!
もうあの絵には、チェコに行かないと会えないんだろうな、と思います。

当時は、ベルリンの壁が崩壊してから数年、という時期でしたから、
世界がなんとなく、解放の機運に酔っていた。
そのどさくさ、と言っていいような感じで、実現した企画だったのでしょうから…。

幸運にも、そこで、その絵と出会ってから、
私はずっと、すっかりミュシャの虜です。

彼にとっての「わが街」であったプラハを、いつか訪れること。
私の、実現したい夢のひとつです。



甘美で、
典雅で、
うっとりさせられてしまう、ミュシャの絵。

でも、
うっとりとはさせられるのだけれど、
それは、、
夢想的ではなく。
幻想的ではなく。
眩惑的でもなく。
蠱惑的でもなく。

明澄で、
健やかで、
しっかりとして、
力強くさえある。

「私もちゃんと、この世界を愛して生きよう。」
そう思えるように、
励ましてくれるような。

私にとってのミュシャの魅力は、そんな感じ。

そしてそれは、
ミュシャが、
homeをfaithfulに愛した人であった故のもの、ではないか…そんな気がしています。



彼が生を受けた当時、
彼の祖国、「モラヴィア」は、
オーストリア・ハンガリー帝国の支配下にありました。

そして、
彼の晩年、
彼の祖国は、
ナチスの脅威にさらされてもいたのです。

そのような状況下では、
人々の「祖国愛」は、
しばしば、
反発や抵抗によってこそ、
動かされるものであったりもしますが…

ミュシャの「祖国愛」は、
支配への反発として生まれたものでも、
脅威への抵抗として育ったものでも、
きっと、なかった。

彼が望んでいたのは、
ただ祖国の自立と解放、といったようなものでは、なかった。



ミュシャは、
「相互理解と結束」の大切さと、
そして、
人々には、それを実現する力があるのだ、ということを、
伝えようとした人でした。
そして、
そのことを説くために、
自らの才能を使った人でした。

彼にとっての「祖国」とは、
「相互理解と結束」を実現する力が、
生成する機会が恵まれてあるところ、であり、
育成される機会が恵まれてあるところ、であり、
だからこそかけがえがないところ、であったのです。



「相互理解と結束」の力。
人々が、それをもって世界に向かえるのなら。
世界は、愛と平和のたしかにあるところ、に、なれることでしょう。

それこそが、私たちの、ほんとうのhome。



homeをかけがえなく思うのは、きっとみんな同じなのです。

そのことを、一生懸命伝えようとしたミュシャに、
私は共感してやまないのでした。



ミュシャの祈りの香り
   パチュリ 1滴
   パルマローザ 1滴
   エレミ 3滴



今回のお気に入り。
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「四芸術」より「詩」。
ちなみに向かって右側は、習作です。(実はこっちの方が好き。)
後で知ったことなのですが、コレ、日本初公開、ということで、今回の目玉のひとつだったらしく…
おかげで、習作の方まで絵ハガキにしてあったみたい。(買えてよかった。)

詩のdivaが見つめているのは、お星さまです。
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by leaf-child0802 | 2013-05-06 09:07 | お出かけの記憶 | Comments(0)

わが街

さて、ここはどこでしょう?
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なんと…六本木ヒルズ・森タワーの屋上なんです。
その名も「SKY DECK」。
実に地上54階。

ここ、オススメです!

空と風のほんとうの直中は、
真っ更にいられるような感じがします。
爽快!
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スカイツリー方面。
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新宿方面。
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東京タワー!
わが街!



奄美が私に教えてくれたこと。

出会いに向かって開いていられることの幸せ、と先日書きました。

そしてもうひとつ、
根があってこその幸せ。



だから、なのでしょう。
奄美とのご縁を深くするほどに、
私はまた、
東京とのご縁も、深くするようになっているみたいです。

ここで、
自然と、
根がある暮らしをするように、
なれているみたいです。

いつか奄美で暮らすことを夢見ないワケでは、決してないのだけれど…

今は、
この街で暮らしていて、幸せだな、と思えています。
そして、
この街を離れがたくも感じるように、すっかりなっている自分を、認めてもいたりします。



根があるということ。
それもしっかりと、あるということ。

それは、
逃れられない、ということを意味するものでもあるでしょう。

そして、
もしその根を引き抜こうとするなら、
大変な痛みをともなったりも、することでしょう。



それでも、
しっかりと根があることは、
大切で、
幸せなことのように、
今は思えるのです。



しっかりと根があるからこそ。

天に向かって、
光に向かって、
思いっきり手を伸べることも、できる。

やって来るものたちを、
受けとめてやることも、できる。

たとえ折れることがあっても、
たとえ倒れることがあっても、
ふたたび芽吹くことだって、できるのですから。



わが街と呼びかける香り
   ゼラニウム 1滴
   スパイクナード 1滴
   ブルーサイプレス 1滴
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by leaf-child0802 | 2013-05-03 10:21 | お出かけの記憶 | Comments(0)

子供時代

ちょっと奈良の実家でのんびりしてきました。

実は、今日は弟のお誕生日。
…なのですが、さすがにずっと奈良にいるワケにはいかず、今は東京に戻っています。

でも、しっかり家族で、家族を満喫してきましたよ。
土曜日にあった、甥っ子の運動会で。



私自身も25年前に卒業した小学校。
(ちなみに、2015年には創立50周年になるのだそう。)

時勢に沿って、
校門の門扉は丈高く頑丈になり、
耐震補強がされ、
窓枠は全てアルミサッシになり(私が通っていた頃は、窓も床も木製でした)、
スペースの役割配分に変化があったりもしているけれど(生徒数は、25年前の半分以下、でしょうか)…

なんて懐かしいの!
嬉しいほどに、変わってないなあ!!
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↑私の年の卒業制作も、まだちゃんと飾られていました!
真ん中上の、羽を大きくひろげた鳩、たしか私が彫った!
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↑甥っ子の小学校でのデビュー競技は、玉運びリレー。
(赤が我が甥っ子です。もっとも、ここで抜かれてしまいました…。)

…と、伯母バカトークは自重するとして…

このグラウンド、実は大型スーパーや幹線道路に隣接しているのですが、
とてもそうは感じられないでしょう?
私が在学していた頃には「緑が豊かな学校」ということで表彰されたこともあったりしたものでしたが、
もはや欝蒼とした、というほどに緑が溢れかえっています。

変わったところ、というなら、樹々が大きくなったことが一番、かも。

変わらない校舎と共に、
樹々たち、ずっとここでしっかりと生きて、子供たちを見守ってくれているんですね。

変えない、のではなく、
自然に、変わらない、そんなものたち。

私や弟がそうあったように、
甥っ子たちもここでこうして彼らに見守られて育つんだなあ…と、
とても心強く感じたのでした。



大切なことに気付くのは、
大切なものが見付かるのは、
思い出すことをした時であるような、
立ち返ることをした時であるような、
そんな気がするのです。

人は、忘れることをしがちな生きものだけれど。

大切なものごと、というのは、
いつも必ず、どこか懐かしいから…。

だから人は、
代々、とか、受け継ぐ、とか、伝統、とか、
そういうものを大切にしてきたんじゃないかな、と思うのです。

人は、覚えていることをしたがる生きものでもありますものね。

そして、それを支える最たるものが、きっと家族。



人は、子供と親密に過ごす時を、最も長く持つ生きもの、とされます。
そこには、自分がかつてそうあった歩みを、子供に寄り添って繰り返す機会がたくさん。
そこで、往々にして、私たちは、
再び、
懐かしくて、
大切なことに気付く。
大切なものを見付ける。

類なき恩寵であるように、思います。



大切なものごとを覚えているために、
私たちは、繰り返す。

繰り返す、ということ。
滞りや、過ちのように思われたりもするけれど。

私たちは、繰り返すのだ、ということに、意識的になってやること。
心をこめて、想いを向けて、繰り返してやること。

そうすることで、
繰り返しは、滞りでも過ちでもなくなります。

澄んだ豊かな、安らかな流れが、そこには、ある。



私は自分で子供をもうけることをしていないけれど、
こうして子供たちと過ごす時を持てていることに、
あらためて深く感謝した一日でした。



子供時代の香り
   カモミール・ジャーマン 1滴
   ファー 1滴
   ベルガモット 3滴



奈良に台風がやって来たのは、この翌日の、日曜日。

ああ、一日待ってくれて、ありがとう!

もっとも、友人たちと、「三笠の山に出でし中秋の名月」を観よう!という計画は、吹き飛ばされてしまったのだけれど。
でもね、
家族で揃って、お家の中で静かに過ごす、というのも、とても素敵な時だと感じられましたよ。



家族とのよい時間がたっぷりの、奈良滞在でした。
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↑おまけ。
法華寺のコスモスです。
秋ですねえ…。
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by leaf-child0802 | 2012-10-04 09:12 | お出かけの記憶 | Comments(0)

真っ直ぐ照るほんとうの光

昨夜は、インテリアのお仕事をしていた時の仲間たちとの、女子会でした。

時はロンドン五輪の真っ最中!
仲間の一人の友人が料理長を務める素敵な英国風パブで、
ばっちり美味しいfish&chipsも出してもらって、
ちょっとしたイギリス気分を楽しみながら…

たくさん笑った夜になりました。

みんなとこうしていられるのは、ほんとうにかけがえのないこと。
ありがとう!



約束は銀座に19時。
せっかく出かけるなら、と、ちょっと早めにお家を出て、
まずはここへ。
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ライカの日本の本店。
カメラについてはまるで詳しくない私ですが、
それでも、きっと、写真をやっている人にとっては、ちょっとした聖地、みたいなところなんだろうな、と分かるところ。
そんなところにあるギャラリーで、大好きな写真家、菅原一剛さんが、久々の東京での個展をされているんです。



写真の技法についてもまるで詳しくない私には、ちっとも説明できないんですが、
今回の写真たちは、ちょっと特別なやり方でプリントされたみたい。

モノクロ、なんだけれど、
白黒、というよりは、
白の濃淡、とでも言ったらいいのでしょうか。
影とのコントラストに頼らずになされている、光の表現。



奇を衒わない。
欲張らない。
素直で、
シンプルに優しい。
そんな一剛さんの写真。
きっと一剛さんご自身が、そういう人なんだろうなあ…と思ってしまう。

「伝えたいんだ!」…でぎっしりになっていない。

「ああ、きれいだなあ…。」…と心がひかれて、
自然に、繋ごうと伸びた手。
そうして、
すうっと心地よく開けた通り道。

…そんな写真の前に立つと、
ここにもちゃんと、
道が開けて通じているなあ…と感じられて、あたたかくなる。

清々しくって、心地よい。

一剛さんの写真は、わたしをいつも健やかな気持ちにしてくれるのです。



真っ直ぐ照る光の香り
   ローズウッド 2滴
   ヒノキ 1滴
   ローズマリー 1滴



健やかな気持ちになって、
約束に向かって歩いていると…
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うわー。
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夕と夜の間の、一瞬。
一期一会の、魔法の時間でした。
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by leaf-child0802 | 2012-08-08 08:07 | お出かけの記憶 | Comments(0)