ブログトップ

ことの葉暦

leafstar.exblog.jp

<   2009年 09月 ( 17 )   > この月の画像一覧

頑張らない瞑想のススメ

オーラソーマのトレーニングでは、授業の始まりに毎日必ず瞑想の時間があるのですが、先週参加していたクラスで、「瞑想の時間がツラいのだけれど、どうしたら上手くできるようになるんでしょう??」・・・と聞かれました。
なので今日は、瞑想のコツ、のようなものを、私なりにまとめて書いてみたいと思います。

その1 座り方について
瞑想、というと、座禅みたいなかたち(蓮華座、といいます。左右の腿の付け根あたりに、それぞれの反対側の足(foot)をのっけるかたち)ができるようにならないといけないのかなあ・・・と思われるかもしれませんが、股関節が柔らかくないと痛みや痺れに気をとられることになってしまうので、無理にやろうとしなくて大丈夫です。
でも、「リラックスして。」とか「楽な姿勢で。」というのも、ちょっと違うかも、と思います。脱力し過ぎてしまうと、眠くなったり、つい前屈みになってしまって喉や胸やお腹が閉じた状態になったりするからです。(後にも書きますが、呼吸をすることが瞑想ではとても大切だからです。)私の感覚としては、「違和感のないかたちを探そう。」という感じかな、と思います。
私なりに気持ちよいかたちになる時のポイントとしては、まず、根っこのチャクラ(第一、とか、ベース・基底チャクラともいいます。「サトル・アロマテラピー」の著者であるパトリシア・デーヴィスさんは、それは「会陰=肛門と生殖器の間の筋肉質な部位」に位置するのでは」と書いてらっしゃいましたが、私もそんな感じがしっくりします。)が地面についている感覚を意識すること。(なので、まずは椅子に座ったり、正座したり、ではなくて、床にあぐらをかくようなかたちの方が、分かりやすいと思います。)そこからおへその辺り(オーラソーマではその辺りに私たちの中心があると伝えています。)へと、気持ちよくあたたかい流れが行き来できる道があるような意識を持つこと。
身体の表面ではなく、奥にそんな道がすっとまっすぐ通っている・・・という感じで意識してみてください。
チャクラについての知識をお持ちの方は、そこから上位の主要チャクラもそれぞれ意識されていくと、楽に「違和感のないかたち」になれるのでは、と思いますが、まずは上記の2つのポイントを意識してみてください。そうすると、自然に前屈みになることなく、上半身も開いたかたちで落ち着いてきます。
そうして身体に違和感がない、という感覚を意識することが大切です。

その2 呼吸について
息を吸い上げるのは鼻なのですが、その時、地面についた根っこのところから、あたたかい流れが上がってきて、お腹へ、胸へ、喉へ、そして額の奥から頭の天辺へとやって来るような感覚を意識してみてください。
吐く時は、その流れが、頭の天辺から額の奥へ、そして喉・胸を通り、お腹を通り、根っこへと、ゆっくりと降りていくのを感じてみます。
宮崎駿さんの映画「風の谷のナウシカ」に、ナウシカが腐海の底で出会った古い樹の幹に耳をあてて、「枯れても水を通している・・・。」と、その音にうっとりと耳を澄ましているシーンがありますが、どこかそのイメージに近いかも、と私は感じています。
ただゆっくり、丁寧に、その流れが通って気持ちよくなっていくそれぞれの場所をくまなく感じよう、と意識することで、自然と深い呼吸ができます。そして、流れが自然に繋がっている安心感が、満ちてきます。そうしたら、気が付けば他のことに気をとられずに長い時間を過ごせていたりするものです。

その3 頑張らないこと
瞑想、というと、修行っぽかったり、スピリチュアルなイメージを思い浮かべてしまうこともあるでしょう。インスピレーションや天使や守護霊や神さまからのメッセージを受けとる、とか、悟る、とか、現実や日常や自分を超えたものと繋がるためにやっていくもの・・・のように思われていたりも、するかもしれません。
集中できない、自分を無にできない、雑念をはらえない自分は駄目だなあ・・・未熟だなあ・・・頑張って上手にできるようにならなくちゃなあ・・・と考えてしまうかもしれません。
でも、頑張らなくて大丈夫です。
瞑想とは、シンプルに自分でいる時間を持つために、するんだと思うのです。自分以上になるために、するんではないと思うのです。
インスピレーションが得られなくても、メッセージが受けとれなくても、いいのです。その意味を考えたりしなくて、大丈夫です。
ただゆっくり地面に座って、そこに繋がっている・・・それがいいのです。ただゆっくり息をして、空気が身体を通って流れていく・・・それがいいのです。
瞑想というのは、生きていることの最も純粋なかたちを忘れないためにするのかもしれないな、と思います。純粋で、シンプルなかたち。素直なかたち。自然なかたち。
そして、私たちが生きている、その最たる場である自分の身体を、居心地良く、気持ちよくするために。

だから、頑張らなくて、大丈夫です。
そうして、気持ちよく素直でいてこそ、純粋によろこんで受けとれる、シンプルによいものが分かるようになるんだろうな、と思います。

頑張らず、気負わず、楽しんで瞑想できると、いいですね。

瞑想にオススメの香り
   エレミ 1滴
   サンダルウッド 1滴
   ラベンダー 1滴
[PR]
by leaf-child0802 | 2009-09-30 13:30 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

産土神さま

奈良の実家に行った時には、必ず立ち寄ることにしている場所があります。
春日大社です。

私たちにはそれぞれに、生まれた土地を護ってくれていて、そこで生まれた私たちのことをとてもよく知っていてくれる「産土神(うぶすなのかみ)」という神さまがいて、たとえその土地を離れることがあろうとも、ずっと繋がっていてくださるのだそうです。
私自身は奈良生まれですが、私にとっての奈良は、例えば奄美に暮らしている方々の多くにとっての奄美のように、おじさんやおばさんやいとこたちや、おじいちゃんやおばあちゃんのそのまたおじいちゃんやおばあちゃんも、みんなが暮らし、いのちを繋いできた土地、というのではありません。(母方は奈良にもルーツがあるようですが、父方の親族はほとんどが石川県で暮らしています。)でも、お宮参りからずっと節目には必ずお参りをし、中学・高校の通学路にあって、その境内の素晴らしい緑の中で休日を楽しんだ思い出もたくさんある春日大社の神さまは、間違いなく、私のことをとてもよく知ってくれている神さまです。

今回も、東京に戻る日に、母とランチがてらにお参りしてきました。
それにしても、ほんとにいいお天気。
e0170845_13281366.jpg

↑これは駅前の商店街から春日大社の一の鳥居へと抜ける近道として、いつも通らせてもらう興福寺(最近は阿修羅像で話題になりました。)の五重塔。この眺めも、懐かしいものの一つです。
e0170845_13322474.jpg

↑参道には、こんな風に石の燈籠が並んでいて、鹿がその間から顔をのぞかせたりしています。
節分とお盆の頃には、この全部に明かりが灯される「万灯籠」が行われます。決して煌びやかではないけれど、控え目で、柔らかなその灯火は、夜の闇を安らかでいるのに充分なだけ、照らします。
そして、
e0170845_13443239.jpg

鬱蒼として立ち入りを拒むことを決してしない、ゆったりと明るく優しい森の中の、燈籠に縁取られた道を、たっぷり時間をかけて歩いていくと、いよいよ本殿です。
ちなみにこれ↑は、南門。門越しにちょっとだけ本殿が見えています。(本殿の辺りの眺めもとっても素敵なのですけれど、自然と「神さまがいるんだなあ・・・。」という気持ちになってしまう大事にされてきた場所には、やっぱりカメラを向ける気にはなれないのです・・・。)
まだまだ強い陽射しと、秋のよく澄んだ空気が相まって、木漏れ日が格別にきれいな日でした。

春日大社には、木星+天王星のようなパワフルさを感じる雷神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)や、土星的に浄化や覚醒を促してくれそうな霊剣の神・経津主命(ふつぬしのみこと)などが祀られているのですが、私が特に親しみを感じるのは、天児屋根命(あめのこやねのみこと)。天岩戸の前で祝詞を唱えたとされる、言霊の神さまです。
言葉にすることとは、意識化するということ。意識化するからこそ、現実化できるということ。それが、忘れてはいけない言霊の力です。
意識の運び手である水星と、内なる真実を意識させ、歩むべき道を見極めさせ、理想としたものをかたちにしていく土星のバランスのとれたエネルギーを、感じます。

・・・いつも見守っていただいて、ありがとうございます。
これからも、歩むべき道を、歩むべき様に、歩めるようでありたいと思います。
どうか、見守っていてください。
・・・いつものように、心の中で祈りの言葉を唱えると、力強い安心感が充ちてきて、爽やかな元気が、湧いてきます。
そんな風に、神さまがいてくれる感触を時々確かめてみるのも、素敵なことだと思うのでした。

天児屋根命の香り
   フェンネル・スイート 1滴
   サンダルウッド 2滴
   グレープフルーツ 1滴
[PR]
by leaf-child0802 | 2009-09-27 14:58 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

御守り

さて、これはなんでしょう??
e0170845_1053065.jpg

実はこれ、クモの抜け殻なんです。
昨日、留守中に溜まっていたメールの整理が一段落して、一息入れよう、とリビングスペースへ移動したら、テーブルの上に5ミリほどの、小さな星みたいな、花みたいなかたちの透明で不思議なものがあるのに気付きました。よく見ると細い細い足らしきものが8本・・・。
小さい頃に大きなクモにビックリさせられた、あんまり素敵な感じではない記憶が幾つかあるので、どちらかというとクモは苦手だったんですが、小さくて透明で、繊細なかたちがとてもきれいに思えたので、手近にあった、塩(浄化のお風呂用)を持ち運ぶのに使ったビニールパックに入れて、写真を撮ってみました。(そうでもしないと、飛んでいってしまいそうに儚い感じだったからです。)まだかわいい盛りな赤ちゃんグモだったのかな?

例えば昆虫の足の数。(クモは昆虫ではない、と学校で習いました。)スターオブベツレヘムの花びらの数。アスタリスク。ダビデの星etc.・・・。
自然界や、数多の象徴の中に多くみられる「6」という数は、数秘学では愛や調和、美しさやバランスなどを表わすとされます。「生命の樹」では、太陽のいるエネルギーセンターの数字であり、そこはわたしたちの中心・「真我」を発見し、理解するところだと言われています。
対するクモの足の数は、「8」。特に生きもののかたちに、この数字を自然に見つけることは、もしかしたらあまりないかもしれません。
これは横向きにすると「∞=無限大」に見えます。音のオクターブに繋がっている数字でもあり、反響して拡大していくというエネルギー・パワーの法則に関係する数字だとされています。法則・運命・時間を司る土星の数字、ともされ、人間として生きる現実の中で、いかにエネルギーを開放し、その使い方にしっかり取り組んでいくか、そしてそれをちゃんとかたちにしていくか、に関わっています。
そのためか、クモは土星に縁のある生きものとされることがあるようです。西洋では禍々しいイメージをもたれることが多いみたいで、そこからも、長く「凶星」と呼ばれてきた土星に繋げられたのかもしれません。

個人的には、クモには乙女座的なもの、そして冥王星的なものを感じています。
せっせと美しい巣を織る、職人的なところが乙女座。
そして「脱皮」という変化と再生を繰り返す、というところもそうなのですが、女性性・母性の暗黒面の力強さをなんだか感じさせられてしまうところは、とても冥王星的な感じがします。(そういえば、「指輪物語」に登場したシェロブとか、絡新婦(じょろうぐも)とか、物語に登場するクモは女性であることがほとんどのように思います。)

私の空では、今冥王星が、とても力強く語りかけてきています。(参考までに詳しいことを書くと・・・そもそもネイタルがICにコンジャンクションだったのですが、そろそろトランジットがネイタルとスクエア。プログレスの月とトライン。かつネイタルの火星とトライン。ネイタルがトランジットの土星とコンジャンクション・・・。占星術をご存知の方は、かなりインパクトがある感じがお分かりいただけるんじゃないかと思います。)その声を受けとり、応えて、対話していかなければならない時期だな、と感じています。
変化を受け容れること。自分が本当はどう生きたいかに、正直になる勇気を持つこと。奥深くに囚われたままにしていたエネルギーを解放し、再生すること。それをよく使って正しい生計を立て、かたちにしていくこと・・・そうして、どこに生きるのかを再び見定めていくことに取り組んでいくような、そんな時期にきているのではないか、と自覚しています。

そういえば、この間参加していたオーラソーマのクラスの間も(毎朝ボトルを選ぶ、ということをするのですが)、冥王星や、「8」のテーマに関係のあるボトルを繰り返し選んでいました。
小さなクモが置いていってくれた、なんだか不思議できれいなモノは、そんな時期を迎えている私に贈られた御守りなのかもしれません。
大事に持っておこう、という、気分です。

変化し再生するエネルギーの香り
   イランイラン 1滴
   サンダルウッド 2滴
   パチュリ 1滴
[PR]
by leaf-child0802 | 2009-09-26 12:40 | 星空のお話 | Comments(0)

親はなくとも子は育つ??

昨日東京に戻ってきました。
もう人生の半分近くを東京で生きているのに、ほんの数日離れていただけでも、いまだに人の多さや、車の多さや、建物の占めている割合の大きさや、それらのものが放っている気配のちょっと乱暴な感じに、驚くことを繰り返しています。
特に奈良や奄美に行ってきた後は、澄んだ空気や生きものたちの気配の自然さに馴染んで、感覚が無防備になっているので、ちょっと気をつけて自分を守るようにしないとな、という感じです。

一週間も家を空けるのはかなり久しぶりでした。私は根っこを生やすことに執着がないタイプで、旅だとか引っ越しだとかにいつも想いを馳せているようなところがあるので、「早く帰ろう。」と思うことはあまりなかったのですが・・・今回はフクギとオオガスタという可愛い家族たちにとって、初めての長いお留守番だったので、逸る気持ちで帰る感じになりました。
たっぷりお水をあげておいてはきたけれど、「○回お日さまが昇ったら帰ってくるよ。」と言ってはきたけれど、いつもみたいにお世話できなくて大丈夫かな??放っていかれたと思って不安になったりしないかな??・・・と気がかりだったのですが・・・
e0170845_13305880.jpg

帰ってみればなんと、オオガスタに新しい葉っぱが出ていました。ちゃんとたくましく過ごしていたのでした。

植物たちは、人間が敬うことを忘れてはいけないくらい、生きることにまっすぐなんですものね。

さみしかったり、不安だったりしたのは、むしろ私の方だったのでした。
けれども、身軽であることに執着しがちな自分が、こんな風に繋ぎとめてくれる重さのある何かを持つようになれたことに、少しうれしさも感じました。
地球の上に生かされたものが、地球の上に安らいでしっかりと生きるには、愛するものの重さ、というのは、とても必要なのものなのかもしれません。ここではないどこかへ、漂っていってしまわないために。

そしてもうひとつ、このブログで育てている「樹」(gremzというブログパーツです。)も、私が留守の間に大人になっていました!
こうして大人に育つと、ホンモノの生きている「樹」が一本、植樹してもらえるのだそう。どこかにそうして植えられた樹が育っていくんだ、と思うと、すごくうれしいです。
その樹を私が直にお世話することはないのかもしれないけれど、そのいのちが育って繋がっていくことを想えることは、とても素敵なことです。

育ちゆくいのちたちの香り
   プチグレイン 2滴
   ローズウッド 2滴
   マンダリン 1滴
[PR]
by leaf-child0802 | 2009-09-25 14:09 | 樹々と花と緑葉と | Comments(0)

学びの香り

e0170845_10313081.jpg

私がたずさわっているオーラソーマでは、活動資格の更新に、トレーニングやシェアリング(分かち合い)に参加することが必要とされています。
そんな訳で、実はここ数日、大阪にいらっしゃる尊敬する先生のところで、基礎のクラスに再び参加していたのですね。
自分を築き、支え、きちんと立っていくには、やはり基礎のメンテナンスは大切だなあ…と実感するとともに、志や経験、学びを分かち合う楽しさ、それらが活かされていく嬉しさを満喫しています。
学びの場に必ず持参する香りは、ローズマリー。古代ギリシャの学生たちが、その花輪を頭にのせて勉強していた…というエピソードがありますが、頭をすっきり元気付けてくれるし、眠気覚ましにもオススメです。
オーラソーマでは、知識を受け取り、消化し、身につけていくのは、イエローの経験になります。学びに懸命になっていると、身体のイエローの領域にあたるお腹に変調があったり、ということも…。なので、消化を助け、お腹と心をすっきり元気付けてくれる、レモンを加えてみるのも、とってもいいんじゃないかと思います。
[PR]
by leaf-child0802 | 2009-09-22 10:31 | Comments(0)

美味しい空

e0170845_9342469.jpg

奈良にある実家から大阪に通う日々です。今朝はよく晴れています。夕暮れとともにあっさりとお日さまを手放して、しっかりと静かに冷たくなってから迎える朝は、清洌で素敵です。
奈良の空には本当に雑味がなくて、そこから降る光が奏でさせる草木の色も、するするとたくさん入ってきます。まるで程好い温度の美味しいお水みたいに。
盆地育ちとしては、眺めの中に山影の縁取りが必ずあることに、やっぱり癒されるものを感じてしまいます。
[PR]
by leaf-child0802 | 2009-09-21 09:34 | Comments(0)

聖なる山

e0170845_13371356.jpg

所用で大阪に来ています。
久しぶりに新幹線から富士山を観ることができました。
ほんの何日か前に大雪山系で初雪、ときいたばかりの頃なので、まだ黒々していました。ちょっと変わった帽子のような雲を戴いています。
富士山の香りをつくるとしたら、地の深くへと繋がっていく感覚を起こしてくれるパチュリや、天と繋がるようにすっくと立つ姿が美しい再生の樹サイプレスを使おうかな、という感じです。
そこに少しだけイランイランを、富士山の女神であるコノハナサクヤヒメに捧げるために。
夫であるニニギノミコトに不義を疑われ、潔白を証明するために火中で出産した彼女が持つような、女性性の底力を感じる花の香りです。
そういえばこれらの精油はいずれも、冥王星と繋がりがあります。秘められていながらも、圧倒されるものを感じさせられるエネルギーは、静かなようでいて、私たちの心を揺さぶらずにいない聖なる山に似合うように思います。
[PR]
by leaf-child0802 | 2009-09-18 13:37 | Comments(0)

白熱のやりとり

間もなく月は乙女座で太陽と出会い、新月となります。
あさって、というよりは、明日の夜更け、という頃です。

今回の新月は、ちょっと強力かもしれません。
太陽と月が、土星のすぐ目の前で、出会うからです。
太陽と月は、「lights」と呼ばれます。星たちは光、ですが、その中でも殊更に「光」と呼ばれるものたちです。
強い光を目前にすると、次のどちらかが起こります。
どこまでも明らかに見えるようになるか、眩しさに見ることを手放してただ包まれるか、のどちらかです。

しかも今は、土星は自分とはまるで逆さの性格の天王星と、向き合っている最中です。
そして土星の相手をしている天王星は、土星のすぐ傍らに立つ「lights」の光を、熱を、真っ向から投げかけられるかたちになるのです。
二つの星がやっている意識的なやりとりが、照らし出されて熱を帯びそうです。

土星は2~3年かけて一つの星座を旅します。そうしてそれぞれの場所で、自ら囚われている何かに出会い、向き合っていきます。いつかはそれが解放されるといいな、と思ってはいますが、どこまでも慎重です。
一方の天王星は、すぐにもそれを解放しなくちゃ、と思っています。

土星は今、乙女座にいます。
乙女座は、きちんとしていないことをとても怖れています。何故なら、役に立つ、ということをとても大切に思っているからです。
天王星は今、魚座にいます。
魚座は、きちんとすることにはまるでとらわれません。その方が、寄り添うことをしやすい、と思っているのかもしれません。
でもどちらも、誰かの、何かのためになりたい、と思っています。

ただ、誰かの、何かのためになりたい、と思う時、わたしたちはしばしば、それが自分のためでもあることをつい忘れてしまいます。この世界に生まれたものは、生まれた自分を大切に生かそうとして生まれたのだ、ということを、つい忘れてしまいます。
もし、あなたが、誰かの、何かのためになりたくて、頑張りすぎて疲れてしまっているのなら、この新月の頃のやりとりで思い出せるのは、そういうことかもしれません。そうしたら、もっと健やかなやり方に、気付けるのかもしれません。そして今なら、きっと上手に思い切れると、思います。

おりしも星の世界のメッセンジャーである水星が、一度発つことをした本来の座でもある乙女座のところへと踵を返し、ドラゴンヘッド・冥王星と繋がります。思い出すこと、気付くこと、そして踏み出していくことを、助けてくれそうです。

「光」のもとで、凝り過ぎず、かといって放棄もせず、いい感じに「見る」ことができると、いいですね。そうして、思い出して、気付いて、踏み出していけると、いいですね。

そんなに厳しくなくても、いいのです。繊細でなくても、いいのです。それが、わたしたちの、「あるべき様」なのだと、思います。それでもきっと、何かの、誰かの、自分のために、よく生きていけます。
わたしたちが生まれたのは、日々を生かされているのは、こんなにゆったりと、しっかりとした地上なのですから。

乙女座の新月の香り
   ラベンダー 2滴
   サイプレス 1滴
   サンダルウッド 1滴

十二星座別のメッセージはこちらへどうぞ。

最後におまけ。
乙女座と季節を感じる植物たち。
e0170845_14401266.jpg

↑たしかムラサキシキブといったでしょうか?小さく控え目な実がたくさん、というのが乙女座的です。
e0170845_14422814.jpg

↑そして乙女座の象徴的植物のひとつ、オリーブ。これは、近所にある地中海料理のお店の樹。つい食欲をそそられてしまうお料理に使うハーブたちと一緒に、軒先を飾っています。
[PR]
by leaf-child0802 | 2009-09-17 14:52 | 星空のお話 | Comments(0)

椰子の実が運んだメッセージ

小さい頃からなぜかとても好きな唄がありました。唄っていたのは母だったか、それとも周りにいた他の誰かだったかは定かではないのですが、その文語調の古めかしさに風雅がある歌詞と、長調なのにどこか哀しい感じもする、シンプルだけど印象的なメロディーが相まって、子供心に素敵な唄だなあと思ったのです。
まだ小さかったので、その一語一語をきちんと分かっていたワケではなかったのですが、聞き覚えて、今でも奄美の浜を散歩する時などに、よく唄っています。

先日、久しぶりにその唄に触れることがありました。
フジテレビの人気ドラマ「救命病棟24時」に、その唄が出てきたのです。
ある一人の女性が、癌の宣告を受けます。教師を天職として全うし、独り身のままで生きていた彼女には、家族がいなかったので、松島菜々子さん演じる担当の女性医師は、その孤独を気にかけていました。そんな彼女にその女性は、自分が大好きな唄のCDを買ってきてくれるように頼みます。合唱部の顧問だった彼女が、生徒たちと唄った思い出の唄のCDでした。しかし病状が急変し、そのCDを受けとることなく、女性は亡くなります。
その女性のことを寂しい人だと思っていた女性医師は、女性の葬儀に行って、驚きます。そこはたくさんの彼女の教え子たちで、いっぱいだったからです。
車に乗って彼女の棺が旅立っていこうとする時、かつての教え子たちは、自然とそれを彼女が大好きだった唄で送ったのでした。
その光景をみた女性医師は、結婚や先の生活にとらわれることをしないで、天職と思う仕事にただ誠実に生きていこう、そうして送る日々を信頼していよう、と思います。

その唄は、「椰子の実」といいます。

その翌朝、ちょっとした偶然がありました。
私が「椰子の実」を唄いながらよく歩いている奄美の大好きなある浜に、椰子の実が流れ着いたのです。
その浜で暮らす知人が日々出会う素敵な光景を紹介してくれているブログに載っていました。2009年9月9日午前9時9分・・・だったそうです。

「意味のある偶然の一致(という名の必然)」という感じに使われる、「シンクロニシティー」という言葉をきいたことがある方も多いかと思います。それは気付きに、そしてこの瞬間瞬間を生かされていることへの感謝に繋がっていく素敵な現象、という風に私は思っているのですが、この「椰子の実」のシンクロニシティー、しかも見事な9並びには、きっと大切なメッセージがあるに違いないぞ・・・と直感しました。
けれど、その時すぐには、その中身までは分からなかったのでした。

数日後、その知人が今度は「椰子の実」の歌詞を、ブログで紹介してくれました。

それを読んで、思い出した唄があります。

その唄とは・・・
[PR]
by leaf-child0802 | 2009-09-15 17:16 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

心の眼 ~追悼 稲越功一さん~

この週末この辺りは秋祭りだったらしく、昨日広尾の商店街へ買い物に行ったら、おみこしが出ていました。
六本木~麻布~広尾というと、外国人と時代の最先端で儲けたお金持ちが住んでる・・・みたいなイメージがあるかもしれませんが、古くからの下町っぽいところもちゃんと残っているんです。集まっている人たちの、はっぴの藍の多くが、洗いこまれて褪せているのが、いい感じでした。

変わって今日は、日課ならぬ月課にしているアート巡りのお話を。
今月は、東京都写真美術館に行ってきました。
贅沢なテーマパークみたいな、そつのないキラキラ加減に整えられた恵比寿ガーデンプレイスの端っこに、なんだかこっそり、という感じにある美術館。
e0170845_11181591.jpg

↑エントランスはこんな感じ。
e0170845_11192974.jpg

↑タワーの裏にある、こんな通路を抜けると辿り着きます。これは美術館のエントランスの辺りから振り返った眺め。

「心の眼 稲越功一の写真」をみてきました。

稲越功一さんを知ったのは、村上春樹さんとのコラボレーションによるフォト文庫「使いみちのない風景」でした。なんだか素敵な静かな感じがして、ジャケ買いならぬ表紙買いしてしまった本なのですが、「旅」についての村上さんのエッセイも、そこにクールに、だけどしっくりと寄り添っている稲越さんの写真も、とても心地よくて、ついお風呂にまで持って入ってしまったお気に入りの本です。(だからちょっとだけ、湿気染みが付いてしまっています・・・。)中公文庫から出ているんですが、500円ちょっとで買えるし、オススメです。

写真にはあまり詳しくない分、純粋に好きかどうかで選んで観ている私ですが、静かな写真、が好きです。数多を知るものだからこそ持てる、深かったり、潔かったり、優しかったり、澄んでいたりする寡黙さがある写真。

稲越さんの作品の中でも、カラー写真がとても好きです。
それは鮮明でも艶やかでもなくて、淡々としてどこか「リアル」から半歩程だけ身を引いたような感じがあるのだけれど、だからこそ、光や空気の中にいる微細な水の滴もチリたちをも、すくい上げてあげられているんだなあ・・・という安心があるんです。
白は白じゃなくて、黒は黒じゃなくて、青は青じゃなくて、黄色は黄色じゃなくて、もっと色々であっていい・・・そんな色々が、決して取り乱すことなくきちんと落ち着いてそこにいられるような、そんなきれいなゆとりがそこにはあって、いつまでも観ていられます。

実は稲越さんは、今年の2月25日に急逝されてしまったのだそうです。
それでもこうして、わたしたちがみていられることに、感謝。

佳き寡黙さの香り
   マジョラム・スイート 2滴
   カモミール・ジャーマン 1滴
   ラベンダー 2滴
[PR]
by leaf-child0802 | 2009-09-14 12:20 | お出かけの記憶 | Comments(0)