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ことの葉暦

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<   2010年 01月 ( 12 )   > この月の画像一覧

Once In A Blue Moon

Once in a blue moon・・・めったにないこと、を物語る時に使われる言葉で、「むかしむかしあるところに・・・」とか、「Once upon a time・・・」みたいな感じで、使われたりします。

明日は、blue moonの日。

満月、というのは、基本的にひと月に一度だけ巡ってくる、ということで特別なものなのですが、その満月が、ひと月に二度も巡ってくる、という特別なことが、起こることがあります。
その二度目の満月が、blue moon。

他にも、ひとつの星座で二度続けて満月になる時も、この言葉が使われたりもするみたいです。

気をつけて観ていると、実はblue moonと呼べるような現象は、そんなにものすごくめったにない、ワケではないのです。
けれど、物語というのは、あるふたつの想いをこめて、語られているところが、あるのです。
特別なことを、あたり前のことにしよう、という想い。
そして、あたり前のことを、特別なことにしよう、という想い。

明日の満月が起こるのは、獅子座。
どちらかというと、あたり前のことを、特別なことにしよう、という想いが、強い月のようです。

むかし、映画か何かの宣伝コピーだったかに、こんな言葉がありました。
「誰もが、誰かにとって大切な人。」
愛されていることを知ったなら、愛することをしたいと、思わずにはいられなくなります。
ただ、大切じゃない人なんて、ほんとうはいないのです。
大切にしてくれる誰か、がいないような気がしたとしても、その人が大切でなくなることは、ないのです。
それは、あたり前のこと、です。
けれど、大切である、というあたり前のことを、特別にはっきりと意識することがある時、人は、自分が自分として生きることに、よろこびや意義を、はっきりとみることができたりもします。自信や覚悟を、持つことができたりもします。

そのことを一番よく知っていて、私たちに教えようとしてくれるのが、獅子座なのです。

月は、無意識の、赤ちゃんのそれのように生きることにとって基本的で本能的な欲求を司る星です。
その月が獅子座で青く満ちる頃、そこには火星が一緒にいます。
火星は、欲求するものを、実際に要求していこうとする、勢いと強さを持つ星です。
「自分は特別に大切なんだ」と感じられることも、必要なんだよ。
・・・そんな声がきこえています。
素直にそんな声のままになってみても、いいのかもしれません。
火星は今逆行をしているので、勢いに任せ過ぎてしまうようなことは、ないでしょう。

それにしても、
一年最初の満月が、元日の月食。
一年最初の新月が、日食。
そしてそれに続く今回の満月は、blue moon・・・。
「めったにないこと」続きの2010年ですが、このblue moonが静まりきって新月が起こるのは、なんとバレンタインになります。
またまた、特別なこと、にしたくなる感じ。

そんな二週間の星空ですが・・・
この時期は、冥王星が、要になっているような感じがあります。
冥王星は、ここのところずっと、土星とスクエア、という、お互い意識的にならずにいられない、厳しさもある関係になっていたのですが、この二週間は同時に、魚座に入ったばかりの木星と、セクスタイル、という楽しさもある関係になります。
木星と土星は、共に成長を促す役目を持っている星ですが、木星が「ここから」を楽しげにみているのに対して、土星は「ここまでと、ここ」を厳しげにみています。
どちらからもみられている、冥王星。
冥王星は、生まれ変わり、というくらいの、奥底からの変化を起こすエネルギーを持つ星です。ちょっとした、どころではない、ほんとうの変化や成長のエネルギー。そのエネルギーが、土星と木星、という両極のエネルギーのはたらきかけで、ますます意識的に、動こうとするようになるでしょう。その気配をしっかりと感じ、受けとめられるかどうかが、この時期のカギになりそうに、思います。

それはちょっと劇的、かもしれませんが、海王星とキロンの癒しのハーモニーはずっと響いていますし、バレンタインに向けて、愛の星・金星も活き活きと動いています。
ですから、大丈夫、大丈夫。

特別に大切にいたい香り
   バジル・スイート 1滴
   ローズマリー 2滴
   エレミ 2滴

十二星座それぞれへのメッセージは、こちらへ。
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by leaf-child0802 | 2010-01-29 14:33 | 星空のお話 | Comments(0)

私の味方

本屋さんでついついやってしまうこと。
文庫本がきっちりと詰まった棚の間を、背表紙を読みながらふらふらすること。
これは危険極まりない行為で、何故かというと、衝動買いしてしまう可能性が非常に高いからです。
衝動に耐えるには心許ない、私のお財布、のはずなのに。

けれども、本からメッセージを貰えた気持ちになれるのは、そうしてついついやってしまった結果なことが、多かったりするのです。
出会いの妙って、そういうもの。

もっとも、ほんとうに気に入ったモノとしか一緒にはいない私なので、そうして出会ったけれど、手許にはもうない本も、もちろんあります。(衝動買いにはありがちな結末。)
けれども、
ここを、この一言を、この一行を、読みたかったんだ、と思えた。
ほんの一瞬、そこに神さまの通り道が開いていて、繋がることがちゃんとできたんだ、と思えた。
そういう相性で、そういう運命だった。
この出会いは、それでもう十分。
…そういう本も、いるのです。

「帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。」高山なおみ

吉田篤弘さんの本のタイトルにもちょっとありそうな言葉の並びが気になって、手にとった一冊。
高山さんは料理研究家だそうで、日記みたいなエッセイの章末にはお料理のレシピが添えられていて、「豆腐飯」と「モロヘイヤの梅和え」と「おかかバターライス」がなんだかとても美味しそうだったので、つい買ってしまったのでした。

ご本人も、あとがきで、読み返せない時期があった、と告白されていたのですが、感性の繊細さとか強さとかを、痛がることでしか認めることも伝えることもできないみたいな感じがあって、彼女のことをついつい案じるばっかりにこちらもなってしまうような、たしかに読み返すのをためらわせてしまうところがあるような、本でした。

けれど、ちゃんとありました。読み返したくなるところ。

「その部屋のぜんぶが彼女に寄り添って一緒に暮らし、そのぜんぶすべてのものが彼女の味方。」

ひとりで暮らすその彼女に会うと、その部屋に行くと、高山さんはいつも帰れなくなるぐらい酔っぱらってしまうのだそうです。多分、甘えたいから。安心だから。
お気に入りのブランケットの上で、お気に入りのクッションにもたれながらここを読んだ時、やっぱりひとりで暮らす私は、うわ~っと表現するしかないような、幸せな感覚をいっぱいに覚えました。

「この部屋のぜんぶが私に寄り添って一緒に暮らし、そのぜんぶすべてのものが私の味方。」
…ああ、そうだよねえ。そうだよねえ。なんて心強いんだろう。なんて安心なんだろう。なんて幸せなんだろう。

ここを読むと、部屋中へ、ありがとうをたくさん言ってしまうのでした。

甘えたくなるお部屋の香り
   カモミール・ローマン 1滴
   ゼラニウム 1滴
   プチグレイン 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-01-25 15:56 | 本棚 | Comments(0)

Crossing

髪を切りました。どれぐらいぶりか思い出せないくらい、久しぶりのことです。
実を言うと、美容院が苦手なのです。
その最たる理由は、些細なおしゃべりがとても苦手なことにあります。

可能性は、大きくて広いものにしておく方が、いいだろうから。
…と、物心ついた後当分の間は、たいていの人は、苦手というものをなくするように、頑張ることをするものです。
けれどもある頃から、たいていの人は、苦手というものがあるままでいることを、認めることをするようになります。
先日、いくつかの「リターン」のお話をしましたが、たとえば、「サターン・リターン」=土星が生まれた時の位置に戻ってくる=30歳になる少し前あたり、なんかが、その「ある頃」になったりもするのではないでしょうか。
可能性を大きくて広いものにしておこうとするのではなくて、自分にほんとうにふさわしいものを、選びとることをするようになるのだと思います。
そして、選びとったものとは、覚悟を決めて付き合っていく。
自分らしさ、とは、そうしてしっかりとかたちになっていくような気がします。

まあ、美容院が苦手、をあるがままにしておく覚悟が、自分らしさをかたちにすることにとって、どれぐらい大切かと言うと、たいしたことはないのかもしれませんが、些細なおしゃべりが苦手な自分を、ずっと受け容れていく覚悟を決めたことは、大切なことだったように思っています。

幸い付き合いやすい髪質でもあるので、長くなった髪をひとつに結えておくスタイルで、過ごしていてあまり支障はないのです。(多分。)
そんな私が、どうして美容院に行こう、と思ったかというと…

「空ばかり見ていた」吉田篤弘

…を読んだから。

余計なことは、口にしない。
かつて志していたパントマイムの名残が、身のこなしに感じられる。
そんな、おそらく自由気ままな、流浪する床屋、ホクトにまつわる、「変則的な」連作小説。

ちょっと不思議ところがあるのに、ちゃんとこことも繋がっているような感じが、少しも不安でなくて、むしろ安心。
そんな心地よさがある吉田さんの書く世界で、
「しゃきしゃき、さくりさくり」
…と鋏が髪を切る音をきいていたら、無性に髪が切りたい気分になったのです。
(できることなら、ホクトさんに切ってもらいたい!)



吉田さんの本たちの一番好きなところは、ひとつひとつにそれぞれにあるように思える物語の世界たちが、繋がりを持っているところ。
それは、トールキン(「指輪物語」の作者)の本たちみたいな、歴史書の創造、とか、一大叙事詩、的な、研究書が出てしまう勢いの整合性で構築を試みたりしてます、というのではなく(←それはそれでまた大好きではあるんですが)、とてもさりげないかたちで、なんだけれど、世界たちが、ふと触れあったり、ふと交差したり、ふと混じりあったりする瞬間が、そこで起きるデジャヴやシンクロニシティーにも似た「ああ、そうだったよね。そうなんだね。」という感覚が、とても心地よいのです。

同時に存在する世界たち。
けれど、それらは決してparellelではなくて、実はきっと、そこここでcrossしている…。

時間軸というのは、ぴんと張られて、ではなくて、無造作に置かれた、糸みたいなかたちをしている。
それが、デジャヴの起こる理由だというお話を、きいたことがあります。
もしかしたらそれが、シンクロニシティーが起こる理由のひとつ、でもあるのかもしれません。

世界とか、時間軸とか。それは決して、脇目もふらない、みたいなものではなくて、きっともっと遊び心のあるもの、なのでしょう。
だから、思いがけないことも、怖くなくて、楽しい。
そんな風に、思っています。

交わる世界を楽しむ香り
   グレープフルーツ 2滴
   ペパーミント 1滴
   ローズマリー 1滴
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by leaf-child0802 | 2010-01-23 17:55 | 本棚 | Comments(0)

A Calm Day In Winter

唐突に暖かくなって、びっくりしましたね。
でも、目を覚まさずにはいられないくらいに、北風が大きな声を出しているなと思ったら、すっかり冬らしさが取り戻されました。
ほっとしています。
実は私、冬が好きなんです。
空気が冷たくなって、潔いくらいに澄んで、静かにさえなってくると、お星さまたちがいっそうきれいに見えるし。
日向がひたすらにうれしいし。
暑く湿った季節よりもずっと、くたくたにならずにたくさん歩けるし。

このあいだの日食の日になるのですが、ちょっと遠出をしてきました。
冬の鎌倉。
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冬ならではの、見事な晴れ渡りっぷり。

冬が好きで、静かなところが好きなので、お付き合いやお誘いで、ではなく、自主的にここを訪れるのは、たいてい冬になっています。
それでも、しんとしている、ということはまあ、まずないのだけれど、それでも他の季節よりは、落ち着いた心持ちで空や山や海を眺めていられます。

もっとも今回のお目当ては、散策、ではなく…

内藤礼「すべての動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」
@神奈川県立近代美術館 鎌倉

神奈川県立近代美術館は、建物にも一見の価値アリ、なんですが、
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↑表札からして、この趣。モダニズムが時を経て、古き佳き、といった薫りを漂わせるようになっているのが、いい感じです。
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↑建物自体は、鶴岡八幡宮の源平池の片隅に、半ば浮かぶみたいにして建っています。これは、木陰と水の気配が心地よいお庭の様子。
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↑鶴岡八幡宮の参道側から見ると、こんな感じ。

ちょっとひっそりとしていて、どちらかというとこじんまりしたこの美術館で行われた、インスタレーション。
これだけのためでも、思いきって遠出してよかった!!…と大満足。とても素敵でした。どの作品も、いつまでも眺めていられる気がするものばかりで、帰るタイミングを見出すのに、困ってしまったぐらい。

考えたり、感じたり、たっぷりとさせられてしまうのだけれど、心をざわつかされることが、少しもない。シンプルで、深く静かなのだけれど、それよりも何よりも、そこにちゃんととられている距離の感じの心地よさが、とても印象的でした。

仄暗さがあますところなくやわらかく充ちている、あたたかな展示室でのインスタレーションでは、わたしたちが展示ケースの中に入ることができるようになっていました。
「お、わたしも作品の一部になれるのね。」
鑑賞される気分ってどんなかな??・・・と、めったにない体験にワクワクしながら入れてもらうと…
ガラス越しに観る、わたしたちが普段いるありふれたところ、と思っている世界の方が、鑑賞されようとそこにある作品になっていたのでした。
世界の断絶と連続…それらがそこら中にあるのに、そのどれひとつも強引に迫ってきたりはしなくて、距離感はあまりに自然で、心地よくて、だからこそひそやかなくらいに静かで…。自然に感覚が、澄んでしまわずにいられなくなっていきました。

そんなあたたかな部屋から、透明が青みがかるみたいに冷たい空気の、外のスペースへ。
「ええと、どこかな??」
案内図を片手に、少し探すみたいにしないといけないくらいのさりげなさで置かれているのは…
あるバランスで水が満たしてある(かつてはジャムだとか、アンチョビなんかのペーストだとか、が入っていたと思しき)ガラスの小瓶とか。
細かで透明のガラスのビーズたちの、シンプルな規則性と、自然な不規則性が、光の反射を味わいのあるきらきらにしている連なりとか。(解れたDNAの糸みたい。)
日の光と風と、飽きることなく戯れている、限りなくニュートラルな色みのオーガンジーのリボンとか。
それらはほんとうに、さりげないのだけれど、それらがいることに気付くことで、この世界で、視点というものが、落ち着ける居場所を見付けられたような、そんな気分になりました。

時折そっと、という程度に風は吹くけれど、距離感を消失してしまうくらいに、どこもかしこもくっきりと青い空の日でした。静かで、安らいだ一日になりました。

静かで、安らいだ一日の香り
   ラベンダー 3滴
   マートル 2滴
   ミルラ 1滴

余談。
e0170845_1445458.jpg←恵比寿にある知人がやっているお店で最近購入した刺繍テープ。これの色違いが、なんと仄暗い展示室のインスタレーションに使われていました!(使われていたのは、アイボリー地にピンクの蝶々、でした。)
ただコレ、知人が自らヨーロッパで買い付けてきたデッドストックで、珍しいモノなんじゃないかと思うのです…。しかも、そのインスタレーションで使われていた他のテープやハギレたちも、いかにもその知人のお店にありそうなものばかり…。(つい、それらをひとつひとつ確かめることに夢中になりそうになりました。)
もしかして、そのお店で内藤さんもお買い物をしたのでは?!…と、ちょっとドキドキしてしまいました。
その知人は、今ヨーロッパに買い付けの旅に出ているそうです。帰ってきたら、話してみよう。
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by leaf-child0802 | 2010-01-22 14:23 | お出かけの記憶 | Comments(2)

幸せの星

昨日も空気の冷たい一日でしたね。

そんな空気の中、家族揃って、膝(前十字靱帯、というのが切れていたそうです。)の治療のために入院中の弟のお見舞いへ出掛けた後、父の誕生祝いのために父たちの家へ。
ケーキを買わなくちゃ、と、刻々と夕闇が辺りを満たしていく中、西に向かって歩いていると、音がしそうに冷たく乾いて澄んだ空に、木星が輝いているのが目に入りました。
「だいぶ太陽に近くなってきたから、すぐ沈んじゃうんだよねえ…。」
…なんて思いながら、そこから視線を離せずにいると、束の間高い建物が途切れたところから望めた空の低いところに、三日月が、なんとも見事に細い光のラインを、くっきりと描いているのが見えたのです!

思わず歓声をあげてしまい、両親を驚かせてしまいました…。

太陽が黄金、に喩えられるのに対して、月は白銀、に喩えられます。
けれども、その三日月は紛う方なき黄金、でした。
しっかりと硬質でありながら、やわらかで、あたたかで、なめらかで、うっとりするように甘い肌あたりがしそうな。
細く細く、薄く薄く、触れたら切れてしまいそうなくらいなのに、堅い石によって研ぎ澄まされた、というよりは、柔らかな布によって磨き上げられた、という感じでした。精緻に、大切に仕上げられているのだけれど、鍛えられた、というよりは、甘やかしても、もらえたような感じ。
e0170845_1311279.jpg←お気に入りの、金とダイヤ(=どちらも、太陽的。)で出来た小さな三日月のチャーム。
ケータイのカメラでは、昨夜の見事な三日月をとどめておくことができなかったので、ちょっと面影のあるこのコを代わりにうつしてみました…。

「うわ~!綺麗だねえ!」
「いいもの見れたねえ!」
「こっちの道に来てよかったねえ!」
新月の後、最初に見える細い月、中でもとりわけ新年最初の三日月には、幸せをもたらす力があると言われています。
「いいことありそう!」
…と思ってワクワクしたのですが、そんな素敵なお月さまに、家族と一緒に出会えたのですから、もういいことは、あったのでした。

空で印象的な出来事が立て続けに起こっている、この頃ですが。
実は今日も、そんな出来事のひとつが起きているのです。
木星の、魚座への入宮。

約12年かけて太陽の周りをぐるりと旅する木星。一つの星座を旅するのに、だいたい一年ぐらいをかけます。

なので、同い年の人たちだと、生まれた時の木星の星座が同じであることが、たいていであったりもします。
干支の感覚に、似ています。
年男・年女というと、なんだか特別な年になりそうな気分になれたり、ちょっとワクワクしたり、いいことがあるように頑張るぞ!なんて思ったりするものですが、占星術的に解釈すると、これは、「ジュピター・リターン」のエネルギー、ということができるかな、と思います。
木星が、生まれた時の位置に還ってくる。
ちなみに、「ソーラー・リターン」=太陽が生まれた時の位置に戻ってくる=ほぼお誕生日。お誕生日も、ワクワクしたり、いいことがあるよね、とか、ここからまた頑張るぞ、とか思えたりするものですが、「ジュピター・リターン」/年男・年女は、そのさらにスケールの大きい感じ、ともいえるかな、と思います。

そんな風にポジティブな気持ちに結び付くエネルギーを注いでくれる木星は、占星術の世界では、最大のラッキースター、と呼ばれています。
人の心は、やぱり幸せへと惹きつけられていくもの…。なので、例えばその年の流行=人気の出そうなヒトやモノ、とか、発展していきそうなコト、は、木星がそこに滞在してエネルギーを注いでくれている星座宮のイメージに繋がっているだろう、と考えられるワケです。
今日魚座に入った木星は、今年一年の大半を、魚座で過ごすことになっています。

十二星座のラストに位置する魚座。
そこは、還るべきものを、還すべきところへ還す段階になります。今までとらわれてきたものから解放されることをして、自己や社会といった、かたちづくることをしてきたものを、もっとずっと大いなる世界へと、手放していく…そうしよう、というよりは、そうしてしまう、というエネルギーを、魚座は持っています。
あらゆるものを受け容れ、差し出すことができるやさしさ、果てしなさ。もはやどこか超然として、静かで。そこには、浄化と、癒しのエネルギーが満ちています。熱の高さのせいではなくて、どこまでも届いていることが感じさせてくれる、あたたかさが、満ちています。

あたたかく、やさしく、果てしないものへの果てしない信頼を、あまりに自然に宿している魚座。
幸せが広がっていくことを促す役目を負った木星にとって、そんな魚座の許は、実はたまらなく居心地がよいのです。現在、魚座の守護星は、海王星、とされていますが、人々が望遠鏡を持っていなかった古い時代からの、そもそもの魚座の守護星は、木星でした。魚座は木星にとって、「本来の座=居場所」だったのです。

不安な世情…心が痛むようなニュースが溢れている人間社会ですが、魚座でうんと安らいで、活き活きとする幸せの星のやさしさや、あたたかさが、人々の心に届きますように。そこでも、やさしさや、あたたかさが活き活きとしますように。

安らぐ木星の癒しの香り
   ミルラ 1滴
   ローズウッド 2滴
   マジョラム・スイート 1滴 

ちなみに私(1974年8月生まれです。)は、今年がジュピター・リターン。
同学年の皆さんは、魚座の木星と射手座の海王星がミューチュアル・レセプションになっているので、魚座や木星的なエネルギーを、かなりパワフルに宿しているのではないかと思います。
そのエネルギーが、うんと活き活きできる年になると、いいですね!
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by leaf-child0802 | 2010-01-18 15:19 | 星空のお話 | Comments(0)

Happiness In One's Bag

身軽なことを愛する私。
故に、いつも荷物が少ない私。

最近のお気に入りのバッグはコレ↓
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歌舞伎がお好きな方は、「あ!」…と思われたかもしれません。
中村屋(新宿の有名なカレー屋さんではないですよ。)のエコバッグ。
紋のワンポイントの渋さと、ザブザブ洗ってしまえるところが、とっても気に入っています。

たくさん入りそうなバッグなんですが、お出かけに私が携えていくモノというと、
・おサイフ
・お家の鍵
・携帯電話
・小瓶入りのクリーム(ホホバオイルと蜜蝋と、エッセンシャルオイルで作られたもの。唇にも手にも髪にも使えます。)
・ハンカチ(たいていタオル地のもの)
…に加えて、
・長く電車に乗る時は、文庫本
・たくさん歩いたりする時は、ハーブティーをいれた小ぶりのペットボトル
・朝夕の寒暖の差や冷房が気になる時は、カシミヤのストール
・美術館やギャラリーに行く時は、資料をはさんでおくためのクリアファイル
…がせいぜいなので、バッグはたいていゴソゴソしています。

けれども、明日のお出かけのための荷物が入れられたバッグは、写真のとおり、ちょっとふくらんでいます。

実は、明日は父の誕生日なんです。
新年最初の、家族の大集合!の予定。
…なんですが、こんな時に、弟が膝の手術のために入院をしていて、birthday dinnerの前に、お見舞いにも行く、というかたちになりました。

…というワケで、父へのプレゼントに、弟へのお見舞いのお菓子と、甥っ子たちへのお年玉で、いつになくふくらんでいるバッグなのでした。

贈り物でふくらんでいる、そんなバッグを眺めていて、ふと、思いました。
「クリスマスに一等に幸せなのは、子供たちよりもむしろ、贈り物でいっぱいになったバッグを持てる、サンタさんなのかもしれないな。」

バッグのふくらみと重さに、贈る幸せの感触を、堪能している私です。

贈り物の香り
   マンダリン 1滴
   グレープフルーツ 1滴
   ローズウッド 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-01-16 17:55 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

海に入る前に

明日は山羊座の新月。しかも、日食です。
日食といえば、昨年奄美などで観られた皆既日食が話題になりましたが、今回は金環食。ですが、日本では、環っかになっているところは、観られません。でも、太陽が欠けているところは、関東の西側3分の1あたりから、西に行くほど、観られるそうです。
ただ、食が起こるのが日没に近い時間なので、西の空が低いところまで開けているところでないといけない、とのこと。せっかく冬晴れが期待できそうなんだけど、いずれにせよ東京ではダメみたい…。残念。

占星術の世界では、日食は、新月のスペシャルバージョン、ということになっています。
「始まり」を促すエネルギーを持っている、新月。
新しい一年が始まって、初めて迎える「始まり」の月。
それがなんと、スペシャルバージョン!
やっぱり今年は特別な一年になりそうだぞ!…とワクワクせずにはいられなくなってしまいます。

「目指したいもの・こと」をしっかりと、まっすぐに「心に定める」ように、気にかけておくと、このスペシャルな「始まり」の月に、上手に繋がることができるのではないかな、と思います。
何かをスタートしようとする時、ゴールを見定めることは、必ずしも必要ではありません。
臨機応変に楽しんで歩んで行く方が、思いがけない素敵なところへ辿り着けるかもしれませんから。
けれども、何かを見定められていることで、道のりがたとえ険しいものであっても、頑張ろう、という気持ちを持ち続けることができたりもします。
見定めることをした大切な何かのためなんだ、ということを忘れることがなければ、辛いことがあっても、苦しいことがあっても、そこに意味を見出せます。
迷うことが、なくなります。
山羊座とは、そういう風に歩んで行く星座です。
ただ楽しいだけではない、意義のある、ほんとうによい一年にするための、たしかなエネルギーを感じさせてくれることでしょう。

この日食=スペシャルな新月から月が満ちゆく二週間の空ですが、「ほんとうのことを見定めていく」というエネルギーが流れている感じがします。
分かる、というよりむしろ、解ることが色々ありそうな気がします。そこには、「そうなのだ。」ではなく、「そうではないのだ。」という感じのものも、少なからず含まれているでしょう。葛藤のようなものを、抱えている感じがすることもあるかと思います。
けれどもそうして、わたしたちのそれぞれは、「価値観」をしっかりさせていけるのではないかと思います。それを信じられているからこそ、それに支えられているからこそ、向く方向を、定められるような。そしてその方向に、向かっていけるような。

18日には、木星が魚座へと移動します。海にも似た、深さや、果てしなさを感じるエネルギーが、魅惑的な心地よさが、世界を包んでいきます。
その心地よさの力強さには、時に溺れてしまいそうな危うささえ、感じることがあるかもしれません。
そんな時、溺れずにいるために。その海で、漂うのではなく、泳いでいられるように。この時期に定めた大切な何かは、きっととても役に立ってくれるはず…そんな気が、しています。

見定める香り
   パイン 2滴
   シダーウッド・アトラス 1滴
   ミルラ 1滴

十二星座別メッセージはこちらへどうぞ。

2010年の香りをつくろう!
ワークショップスタイルのスペシャルメニューの詳細はこちらをご覧ください。
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by leaf-child0802 | 2010-01-14 16:14 | 星空のお話 | Comments(0)

Their Sweet Home

昨日も今日も「年に何度もない寒い日」になっている東京です。
ちょっと前から降り出した雨をじぃぃー…っと見ていたのですが、心なしか、雨粒の輪郭の重さの加減がいつもとは違う気がしました。
霙(みぞれ)なのかな??雪になるかな??

昨日の空も、いつそんな水の粒が零れてきてもおかしくないような模様をしていたのですが、とりあえずまだ傘を持っていなくて大丈夫でしょう、とのことだったし、風も穏やかだったので、用事を済ませに表参道まで歩いて行きました。
そして、道すがら、ある写真展をのぞいてきました。

島色 屋宮秀美 奄美大島写真展

少し前の朝崎郁恵さんのライブでもらったフライヤーの束の中に、告知の葉書が入っていたので、気にしてあったのでした。

会場は、少し路地裏を入っただけで、表通りの華やぎから一転、こぢんまりと静かになるところにありました。
エレベーターを降りた途端に寄ってきたのは、シマ唄の音色。
ちょうど、ライブが始まったところ、だったようです。
私も大好きな、「糸繰り」。それから、「行きゅんにゃ加那」と、「国直よね姉」。

私は、奄美の三味線の音色が、とても好きです。
沖縄の三線よりも、少し高いところをとおっていく音。
人々のいのちの水を、情感の湿度を、たっぷり含んでも重苦しくならないように…大丈夫なように…と心がけているみたいにして、いい感じに乾いている音。

鮮やかな芸能、ではなく、和やかな楽しみ、といった感じに唄われていたのが、素敵でした。
シマ唄がきけるつもりでいなくて、思いがけなかったので、すごくいいことがあったみたいな気分になれました。

山と海と空の、緑や青や、紅色や金色の雄大さのある綾ももちろん魅力的な「島色」なのですが、個人的には、女の人らしさを感じる、野の花の色をうつした写真がいいな、と思いました。



展示は手作り感がいっぱいの、ちょっと文化祭みたいな風情もある感じで、大切に飾られたいくつものお祝いの贈りものの花束たちが、どうしたって話してしまわずにいられないみたいにしている、たまらないうれしさの感じとか、真ん中に置かれた、お菓子が満載のテーブルと大きなソファとか、そういったものたちが存在感を示していて、写真展なのに、写真はむしろそんな色々のひとつ、になっちゃっているみたいだったのですが、そういうところでむしろ、屋宮さんをはじめとしたスタッフの方たちが大事にしたいと思ってらっしゃることが、伝わっているような気がしました。
親しい気持ちを持てるものたちが、集まってくれていること、とか。そういうものたちがあること・いることへの感謝、とか。そういうものたちを確かめられる心楽しさや、心安らかさや、心強さ、とか。

シマ人ではない私は、思うのです。
よそのお家の、カレーの匂い、みたい。

例えば、中孝介さんや、梨木香歩さん(鹿児島出身で、高校の同級生には、シマから来ている、という方が何人もいたそうです。)などがおっしゃっていました。
「シマの人たちは、内気かもしれない。閉鎖的なところも、あるかもしれない。」
…たしかに、そうかもしれません。
外交的・外向的に力を使って、何かを守ろうとする人たちもいるけれど、シマの人たちはむしろ、ひたすら「内」を大切にすることで、何かを守ってこられたのかもしれない・・・そんな気がすることがあります。
内へと向かう、力の強さ。

それでも、カレーの匂いみたいに、そのお家の誰かが、そのお家の中の人たちのためだけに作っているのだけれど、気配が外へと漂ってきてしまうことが、あるのです。
外にいる私は、いい匂いだなあ…と惹きつけられたりするのだけれど、そのお家に入ってしまう、なんてことをしようとすることは、もちろんなく。それを実際に分かち合ってもらって、味わうことをして、それがやがて身の一部になって…なんてできることは、もちろんあるはずもなく。

お家、というものは、そうそうやすやすと開放されるものでは、ないのですから。

けれど、その美味しそうなカレーの匂いが想い起させるものに離れたところからそっと憧れてみたりしながら、今日はウチもカレーにしようかな、と私は思うのです。
そして、自分なりのレシピで、美味しいカレーを作ってみるかな、と思ったりするのです。

憧れのお家の香り
   カルダモン 1滴
   マートル 2滴
   ローズウッド 3滴
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by leaf-child0802 | 2010-01-12 14:05 | 奄美のこと | Comments(0)

Home Is Where The Heart Is

先日、「今年は特別な年になりそう」な理由のひとつとして、カーディナル・クライマックスのお話を少ししました。
外惑星たちが、活動宮で描く、Tクロス。

占星術にちょっと興味がある方なら、「グランドクロス」とか、「グランドトライン」という言葉を、お聞きになったことがあると思います。3つ以上の星が互いに結びつき合って、ホロスコープの上に三角形や四角形を描くことで、専門的な言葉では「コンフィギュレーション」と呼ばれたりもするのですが、線が一本、ではなく、複数の線が結びついてかたちが描かれる、ということで、エネルギーの次元がひとつ高くなるみたいな、パワフルさがそこにはある、とされています。
Tクロスも、そんなかたちのひとつです。グランドクロスの足が一本欠けたかたち、とも呼ばれています。

ただ、三角形や四角形でしっかり囲われたエネルギーというのは、それがパワフルであるだけに、囲われたままでは苦しくなったりも、してしまうのです。
そこで、そのパワフルなエネルギーを、上手に解放してあげることが必要になってくるワケなんですが。

Tクロスに関しては、その解放のポイントは、一説には、「欠けた足にエネルギーを注ぐようにすること」だとされています。
今年起こるカーディナル・クライマックスのTクロスだと、欠けた足にあたるのは、蟹座の領域になります。
ちょうど「日本史上初めての元日月食」というスペシャルなことが起こった、蟹座の領域です。
還るところ。
育まれることをしたところ。
育むことをするところ。
どこよりも、安らかさがあってほしいと願ってやまないところ。
蟹座の心には、いつだってそんな「home」への想いが満ちています。
homeがあること。
homeを求めること。
homeを守ること。
それ故の弱さと強さをいつだって感じているのが、蟹座なのです。

homeというものについて。
とても印象深い展示を観たので、ご紹介します。

ルイス。バラガン邸をたずねる@ワタリウム美術館。
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この美術館のうれしいところのひとつは、会期中何度でも来てくださいね、というシステムになっていること。
↑写真の右上の小さなピンク色をしたのが、チケットなのですが、しっかりめの、お財布なんかにもしのばせておきやすい名刺サイズの紙で出来ていて、これを持って行けば会期中何度でも入ってよいのです。

ちょっと前のキューピーマヨネーズのCMの、ピンクの壁と白い馬がほとりにたたずむ、ため息が出るように平らかなプールの映像を、ご記憶の方もいらっしゃるのではないでしょうか。あれはたしか、彼の作品だったように思います。
メキシコの建築家ルイス・バラガン。
彼が自ら設計し、手と心をかけながらその死まで40年ほど暮らし続けた自邸は、彼の死後16年を経て世界遺産に登録されました。
今回は、その彼の「心の避難所」の空間を、SANAAの会場構成によって美術館の中に再現する、という試みでした。

シンプルだけれど、そっとあたたかな厚みや重みがある、バラガンの気配が今もそこはかとなく立ちのぼっている遺品の家具たち。
洗練と素朴の、閉鎖と開放の、自然で心地よいバランス。
敬虔、という言葉がふさわしいほどに、孤独と静穏を愛したバラガン。そして、心が動かされることを大切にしたバラガン。

「Home is where the heart is. 家とは、心があるところ。」
…これは蟹座を語る言葉のひとつなのですが、バラガンの家には、彼の心が、ほんとうにすみずみにまで、満ちてあったのだろうと感じました。
ほんとうに安らかで。ほんとうに居心地がよくて。

やはりお家と孤独と静穏を愛する私には、もうほんとうにたまらない展示でした。
じっくり反芻することをしたくて、カタログの代わりにつくられたと思われる本を、買って帰りました。

homeの香り
   カモミール・ジャーマン 1滴
   ミルラ 1滴
   ブルー・ヤロウ 1滴

美術館の中に再現、はさすがに難しかったと思われるのですが、本の写真で見るとバラガン邸のお庭が、また素敵なのです。自然に鬱蒼とした緑が、守ってくれている安心感に満ちているのです。
ちょっと奄美の緑に似ているような感じがするなあ…と思ったのですが、デイゴなんかも生えている、とのことだったので、もしかしたら似た植物がたくさんいるのかもしれません。
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by leaf-child0802 | 2010-01-09 14:22 | 星空のお話 | Comments(0)

そこにあるのは、山?

先日の愛宕神社の記事を読んでくれた友人のMちゃんよりのメール。
「早稲田の箱根山が23区内で一番高い地点、だと思っていたのだけれど、違ったのかしら???」
ちなみにMちゃんと出会ったのは、その箱根山のすぐ近くにある大学の、新入生オリエンテーションでした。

愛宕山が一番、というお話は、愛宕神社のホームページで紹介されていたものだったのですが、実際に登ってみて、たしかに、
「23区内一…ってホントにこんなモノなのかなあ…??」
…という気が、しないではなかったのです。
あの石段を登りきった達成感や、振り返って見降ろす時にちょっと怖々してしまう感覚は、「高いぞ!」と強烈に印象付けられるものではあったのですが。

かといって、早稲田の箱根山に、愛宕山に登った時ほど「高いぞ!」という印象があったかといえば、なかったような…。
もっとも箱根山の辺りに行く時はたいてい、サークルの仲間と飲んだ後勢い余っている(要するに、素面でない)、という状態だったので、実は正確な記憶がちゃんとないのですね…。
でもなんだか、愛宕山よりはなだらかな、丘、みたいな感じのところだったような気はします。

ホントに23区内で一番高いところはどこ?
気になって調べてみると、練馬区の石神井高校(地図でみると数百メートルほどで西東京市、というきわどいところでしたが)、なのだそうです。約54メートル。
早稲田の箱根山は、44、6メートル。
そして愛宕神社が鎮座している愛宕山は26メートルほど、なのだとか…。

愛宕山が一番、というお話がまことしやかなのは、実際の海抜は低いけれど、周りとの落差でいかにも「山」という感じがするので、昔の人が「ここが一番高いはず!」と信じて、言い伝えてきていたから、なのかもしれませんね。
もしくは「山」をどう定義するか、の問題なのかも…。

もう何年も前なのですが、ヒュー・グラント主演のイギリス映画のタイトルに、たしか
「A Man Who Went Up A Hill, Came Down A Mountain」
というものがありました。

長くなりそうなので興味のある方、こちらへ。
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by leaf-child0802 | 2010-01-07 16:32 | お出かけの記憶 | Comments(2)