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ことの葉暦

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春への備え

明日で、2月も終わり。
個人的な印象、ではあるのですが、2月28日と3月1日の間にある節目感、というか、すとん、とか、ぱたん、とエネルギーのイメージが変わる感じは、他の月の境目のものよりも、ずいぶんと切実なような気がするのです。
12月31日と1月1日の間よりも。
さあ、春なんだぞ、春が来るんだぞ、と、迫られるような感じ。

もっとも、自然というのは、実はあまねくグラデーションになっているものなので、月が変わったからといって、すとん、と、ぱたん、と潔く春になるワケではもちろんないのですが。

私が冬がとても好きだから、というのも、こんなことを思ってしまう理由のひとつ、ではあるのでしょう。
冬を惜しむ気持ちが、つい高まってしまうのです。

去る季節が去り際を、来る季節が踏み込むタイミングを、共に窺っているこの頃。
そういう時の空は、たいてい雨模様。
あさっての乙女座の満月を眺めることは、難しそうです・・・。

十二星座の前半の最後にあたる乙女座。
いったんそこまでを振り返り、片付けるべきことは片付けて、次へと備えようとする段階を司っています。なので、整理・整頓が得意、と言われたりします。きちんと細かいところまで気を配ろうとできる星座です。

満月を境に、月は次の新月=次の始まりの時へ向けて細くなっていきますが、そんな「欠けていく月」のエネルギーは、実は乙女座ととても親和するようにも、思えます。月が欠けていく時期は、心や身体を整理して、次に備えるようにするとよい、とされているからです。

一方で、この満月から新月へと至る二週間の星空を眺めてみると、「成長」しようというエネルギーが、強く感じられます。
整理、というのとは、一見矛盾するかのような感じですが。
けれど、その「成長」は、ただぐんぐん、どんどん、旺盛に大きくなろうという感じでは、ないんじゃないかな、と思うのです。もうちょっと着実で、育てるべきところと、育て方をちゃんとわきまえているような、そんな感じがしています。こらえるべきところはこらえるような、手放すべきものはべきものは手放すような、そんなところもあるイメージ。
そうしているからこそ実現する、程よい身の軽さと重さとか、危うくないスピード感が、あるような気がします。

ちょうどこの時期は、春に備えて身体がデトックスをしようとする時期です。
デトックス、というと、とにかく出す!と思いがちですが、どうしても負担はかかりますし、気持ちよく活動していくためにも、出すべきものは出す、だけでなく、摂るべきものは摂ることも同じぐらい大切です。まさに「整理」ですね。
たとえばハーブだと、血をきれいにするとともに、ビタミンやミネラルなどの栄養もたっぷりのネトルなどが、オススメの代表、になります。ローズヒップ、ダンディライオン・ルート、クリーバーズなどもよいと思います。

そうして、しっかりきれいに、成長できるようになっていくような、そんな春先の、星空です。

春に備える香り
   フェンネル・スイート 1滴
   ジュニパー 2滴
   グレープフルーツ 2滴

十二星座別メッセージはこちらへどうぞ。
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by leaf-child0802 | 2010-02-27 16:50 | 星空のお話 | Comments(0)

いのちあるモノ 追記

またあらためてお話するかもしれませんが、今月は歯医者に通うハメにおちいっていました。
ちょこちょこと待っていないといけない時間があるのと、ちょっとでもリラックスした気持ちを繋ぎとめておきたいから、という理由で、堀江敏幸さんが書かれた、ひとつひとつが短くて、スタイルが彩々のものたちが集められている文庫本を必ず持参していたのですが、歯医者さんの、どうしたって多少は身構えて座ってしまう治療椅子の上にいながら、つい微笑まずにはいれらなかった一節を紹介します。
十三年愛用してきた万年筆が、ついに手の施しようがないところまで壊れてしまった時、堀江さんがしたことについて。

「私は半べそをかきながら水道水で汚れを洗い落とし、綿を敷いた透明のプラスチックケースに遺筆をそっと横たえて、静かに手をあわせた。」
(中公文庫「一階でも二階でもない夜 回送電車Ⅱ」収録「十三年」より)

その万年筆は、堀江さんにとってまぎれもなく、いのちあるモノ、だったのでしょう。

堀江さんの純心さと、そこに満ちている愛おしさと感謝の気配に、微笑んでしまうと同時に、ついほろりとしそうにも、なったのでした。

とても、幸せな世界だな、と思いました。
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by leaf-child0802 | 2010-02-27 15:13 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

いのちあるモノ

昨夜の歌舞伎座。
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座席でお弁当を食べることも楽しみのひとつなので、歌舞伎を観に行くのはお昼をはさんだ時間にすることが多くて、宵闇の中の姿がこんなに素敵だなんて、今までちゃんと気付いていませんでした。
残念ながら昨夜は、歌舞伎を観に行ったのではなく、すぐ前にある東銀座の駅が、用事のあった場所に行くのに、一番便利だった・・・というだけだったのですが。
およそ風情はない地下鉄の構内から階段を上って抜け出した途端現れた、幽玄と言っていいくらいに艶やかな姿。そこに歌舞伎座があることは当然知っていて、思いがけなかったワケではまったくなかったはずなのに、思わず息をのんでしまいました。
そのまま通り過ぎてしまうにはあまりに惜しい気がして、撮ってみました。

ご存知の方も多いと思いますが、こんな素敵な歌舞伎座は、もうすぐ取り壊されてしまうのです。
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↑こんな掲示板が設置されていました。あと66日・・・。

建築の規準、とか、スケールとかモジュールといったものが、今とは違っていたんだな、と感じさせられてしまう狭さはあるし。
省エネ、の観点からは、優れているとは言えないのだろうし。
いろんなところに、最新の建物では感じることのない不便さが、あるのだろうし。
土地をもっと活用したい松竹の思惑もあるのだろうし。
・・・事情は、わかってはいるのですが、やっぱり惜しい!!

そもそも日本には、古い建物を人々が日常的にずっと使い続ける、という文化がありません。scrap+buildが、ずいぶんと気軽になされているような感じもします。
残念で、意外なことのようにも思います。とても洗練されたアニミズムの伝統があるのに・・・。

人形供養とか、針供養とか、筆供養とか・・・モノにもいのちがある。魂が宿っている。そんな風に自然に感じて、受け容れてきた日本人。
そして、モノのいのちとは、魂とは、すなわち人間の想いでもあります。
人間が、何かを大切に想うことのエネルギー。心の、意識の、エネルギー。

たくさんの人たちの思い入れを、ずっと受け続けている歌舞伎座。
そこに堆積した想いたちが、時の重みも加わることで変質し、美しい石のようになって、光っている。
そんな風にあるようになったものを、大切に磨いていくのでは、駄目なのかなあ…と思わずにはいられません。



歌舞伎を星で書く/描くなら・・・
人々の視線を集めて輝き、ドラマティックによろこびを提供する歌舞伎役者さんたちは、獅子座/太陽的。
かつ、想像の世界へと自らを明け渡しながら、人々を誘っていくには、魚座/海王星のエネルギーも欠かせません。
楽しみを通して教えもする、というところには、木星的なものを感じますが、伝統を重んじ、ほんものであるということに厳しい姿勢で臨んでいるところは、山羊座/土星的です。

歌舞伎の香り
   パイン 2滴
   ミルラ 1滴
   エレミ 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-02-25 12:41 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

いまひとたびの、奈良へ 本編 その2

清々しい。
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ここは、春日大社の参道すぐ脇に広がる、「飛火野」というところ。
春日山を一望できる、とてもとても気持ちのよいスペースです。
大切に護られてきた春日山の森は、原生林/原始林のかたちをとどめていているのだそうで、そんな太古の森が、市街地のすぐそばにあるのはものすごく珍しい、貴重なことなのだとか。
課外授業なんかで気軽に訪れていた、奈良育ちの私にとっては身近な森。鬱蒼と深いのに、植物たちのいのちの、屈託なく澄んでいる光がやさしく満ちて、安らかに明るい森です。いつまでもいたくなるような、ほんとうに心地よい森なのです。

そんな森から流れてくる風を受けとめようと開いているような、飛火野。
フンコロガシ、という珍しい昆虫が棲んでいることでも、有名です。
フンコロガシ=スカラベは、古代エジプトにおいて、大地=地平線から生まれ昇る太陽と、復活・再生のシンボルとされていた、聖なる虫。
ここでは春日の神さまのコンパニオンである鹿たちと、仲良く暮らしています。

冬の終わりの、春の始めの、雨の後の、うるわしいお天気。
澄んだ空の青は、高いようでいて、ひたひたとした肌触りさえ感じられるようで。
呼吸のたびに、美味しい水を飲んでいるような。洗われていくような。
そんな清々しい日でした。

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この野原にはとても立派な樹が何本もいるのですが、↑は、松ばかりが、サークルをつくるみたいにして立っているところ。
たしかこの辺りでは、薪能の奉納が行われたことがあったように、記憶しています。(小学生の頃剣道少年だった弟が、その前座の試合に出たことがあったような・・・。)
能というのは、アニミズムやシャーマニズムに繋がるものを、そのルーツに持っていると考えられていて、能舞台の背景に描かれている松には、神さまが降りてくるための依り代の意味があるのだそうです。長寿・永世・生命の樹である松。しかもその松が、始まりと終わり=永遠であり全て、のシンボルであるサークルをつくっているのですから、これは神様も、ここに降り立ってみたいな、と思われることでしょう。

私の一番のお気に入りの樹は、このコ↓。
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伸びやかな楠。
人間の都合で剪定などをされることがないその枝ぶりの、屈託のないこと!
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風や光を存分に受けとって、ご機嫌な、可愛い声で唄ったり、お話したりしています。

ちなみに、このとりわけ立派な樹々たちの周りには柵が設けられていて、すぐそばまでは残念だけれど、行けないのです。
けれども鹿たちは、その柵を軽々と飛び越えています。
きっと柵は、鹿たちが樹皮なんかを食べてしまうのから、樹々たちを守っているのでは、ないのでしょう。
根っこが踏まれ過ぎないように、そして故意に傷付けられないように、人間たちから、守っているんだと思います。
大切にしようとするからこそ、ではありますが、ちょっとかなしい眺めでもあります。

パワースポット、なるものがブームらしいこの頃ですが、由緒とかご利益とか、そういうものが語られなくても、いのちや、自然や、この世界のありさまの気持ちよさと心地よさをよろこばずにいられなくなれるなら、そこはまぎれもないパワースポットなんじゃないかな、と思うのです。
ここは、ほんとうに元気になれる、素敵なパワースポット。
ここがいつまでも、健やかで安らかでありますように…。

飛火野の香り
   パイン 1滴
   シダーウッド・アトラス 1滴
   ローズウッド 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-02-23 16:07 | 奈良のこと | Comments(0)

いまひとたびの、奈良へ 本編 その1

とっても奈良っぽい風景。
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「春日さんへのお参りだけは済ませなくちゃ!」と、ひたすら参道を歩く・・・という感じの訪問がたいていだった、ここ数年・・・。
けれど、いかにも奈良っぽい、ほっとできるこんな風景には、寄り道をしちゃえる気分でいないと、ちゃんと出会えなかったりもするのです。
これは、久しぶりに、参道の脇道を、咲き揃い始めた梅に誘われるようにして逍遥していたら、ぽっかりと開けた眺めです。
浮見堂を背景に、のんびりと草を食む鹿さんたち。仄かに春の気配も感じるうらうらとした陽が、心地よい。

春日大社の神さまが、この地にやって来る時に、乗せてもらったのが、鹿。奈良の鹿たちは、神さまのコンパニオンなのです。
なので、この鹿さんたち、大切に、なにかとcareもされてはいますが、あくまで「野生」ということになっています。「そのまま」が、ちゃんと尊ばれているのです。人間の営みの都合に沿うことを求められてしまう「ペット」では決してないのです。

「野生」の獣が、こんなに自然に、堂々と大らかにいる街は、他にはないのではないでしょうか。
奈良は、大都会、ではないけれど、人間がつくったものの比率がそれなりの大きさを占めている都市です。けれども、そこには鹿たちが、変に緊張も警戒もすることなく、かといって、自然なあり方へのわきまえを見失わされることもなくいられるスペースが、ちゃんと自然にあるのです。

奈良公園は、私の中学・高校時代の通学路で、毎日ここをバスで通っていたのですが、ちょっと遅くなっちゃったかも…と、どきどきしている朝に限って、赤信号でもないのにバスが止まることが、しばしば。
前をのぞきこむと、そこにはたいてい、ゆうゆうと道を渡っていく鹿の姿があったものです。
けれど、そんな扱いに、鹿たちが傍若無人になることは、決してなく。
校庭の花が食べられたりしてしまったのも、奈良にしては珍しいような大がかりっぷりだった「シルクロード博」なる催しのせいで、彼らが居場所に困ってしまっていた時だけでした。

奈良にいると、自然とのんびりしてしまうのは、ふるさとだから、ということだけが理由では、きっとないのでしょう。
人間と獣が、程よい距離と互いのスペースを保ちながら、自然な心地よさで一緒に暮らしている街・・・奈良は、そんな街です。
自然との共存、とか、調和、とかが、意識されるようになってきたこの頃ですが、知恵とか思想とか技術とか未来への展望とか・・・殊更に大仰に語ったりしなくても、ほんとうはきっと、大丈夫なはずなのです。
自然に、自然な感覚を持てている・・・その心地よさと、大切さを、自然に確かめられる街・・・奈良は、そんな街です。

奈良の香り
   サンダルウッド 1滴
   パチュリ 1滴
   マジョラム・スイート 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-02-20 15:29 | 奈良のこと | Comments(0)

いまひとたびの、奈良へ 予告編

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タイトルは、この年明けぐらいから流れるようになった、CMから拝借しました。
「なんと(710年、であり、京都に対して南都、でもあるのでしょう。)素敵な平城京」遷都から、今年で千三百年!
そうでなくても、特別感でいっぱいな星空模様の2010年。しかも本厄(!)に当たっていることに気付いてしまったので、いつもよりしっかりと時間をとって、お宮参りからずっとお世話になっている春日大社にお参りがてら、久しぶりに奈良公園のあたりでゆっくりして、たっぷり英気を養ってきました。
しばらく続いていた雨が一段落し、みずみずしく澄んでいる空気を通って、淀みなく入ってくる光や、気配たちの、なんと気持ちよく、心地よいこと!
写真は、東大寺二月堂からの眺め。逆光気味である上、澄みきり、晴れ渡っているあたりを満たす光があまりにclearなので、上手に撮れなかったのだけれど、手前の大屋根は、大仏殿。その向こうを守っているのは、生駒山です。
ここは、奈良の地を一望できるオススメの場所で、私自身も数えられないぐらい訪れているんですが、この日の眺めは、立ち去り難い、とはまさにこの気持ち、とひしひし感じるぐらいに、格別にきれいでした。こんな素敵な、美しいところがふるさとであることに、よろこびと感謝と誇りを、「いまひとたび」感じられた、よい日になりました。
他に気持ちよい写真が何枚か撮れたので、近々アップします。お楽しみに!
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by leaf-child0802 | 2010-02-18 15:59 | Comments(0)

New Message

今日はValentine。そして、水瓶座で新月を迎える日。
この星空についての詳しいお話は、←左側にあるカレンダーから、2月9日の記事へどうぞ。
実はこの一週間ほどは、大阪にいる師のところで、オーラソーマに専念する日々を送っているのですが、今日の新月には、私のソウルボトルでもある24番のイメージが、なんだかぴったりくるような、そんな気がしています。
バイオレットとターコイズ。共に水瓶座のエネルギーにとても繋がりのある色。静かさの中にも、不思議なようなあたたかいものがある、独特のバランス感。
ひとりである感覚はしっかりとありながらも、共鳴を起こしていくことによって、距離はあるままでいても繋がっている感覚もまた、しっかりと覚えさせていく…そんなこのボトルのエネルギーは、「ソウルメイトを引き寄せるバイブレーション」と呼ばれています。
名前は、New Message。やはり左側←にある「こちら」から、スタジオのHPに行っていただけると、「ことの葉とは」のページに写真が載っています。
ほんとうに大切なものたちと繋がっていく…そんな癒しのバイブレーションを、愛を告げるための日に、ぜひ感じてみてくださいね。
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by leaf-child0802 | 2010-02-14 13:55 | Comments(0)

旅の楽しみ

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所用で関西へ向かっています。
生まれた時、「遠くへの旅」にまつわるエネルギーが充ちている第9ハウスに木星が入っていた私は、空港や港や、長距離列車のホームの風情が大好き。飛行機や船や、特急列車に乗るのも好きなのです。
今回は旅、というよりは移動、ではあるのですが、久々に乗る新幹線を満喫しています。平日のお昼間ということで、車内はかなり空いていて、のんびりできています。
雨の気配にひたひたとなっていて、重みが伝わってくるような大気の感触に、頭が少しぼんやりしてくるようではあるのですけれど、そんな中、車窓からの眺めに、見つけることについ夢中になってしまうのは、梅の花。そこここに咲いているので、忙しくなってしまいますが…。
そして、列車の旅の楽しみのもうひとつ、といえば、駅弁。今日は、その名も「東京」にしてみました。
日本は天秤座の国、という説があるのですが、洗練とバランス、という天秤座のキーワードは、こんなところにも見出だせますね。
でも、こんなきれいなモノをつくることを、芸術、とか、自己表現、とかではなく、日常の役目、という感じで、華々しさなど求めずに、こなしてしまう日本人には、乙女座的なものも、とても感じます。
「和をもって尊しとなす。」というところや、自己主張することをあまりよしとしないところは、天秤座らしいですが、細やかで、謙虚であることや勤勉であることにプライドと言っていいようなものを感じるところ、精神性の高さを求めながら、理論よりは感覚で世界をとらえているようなところは、乙女座っぽい。
…なんて考えに遊んでいたら、浜名湖を越えました。
お弁当は、とても美味しく、いただきましたよ。
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by leaf-child0802 | 2010-02-10 13:44 | Comments(0)

梅は咲いたか、桜はまだか

有栖川公園では、白梅が盛り。
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このかたち、好きです。
可憐でいて、しっかりしたところもあって。
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追うようにして、紅梅も咲き揃ってきました。
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空気はまだ冷たいけれど、冬の間、澄んだ中でずっと凛としてきた光は、少しずつよろこびを隠せなくなってきているようです。
樹々たちが、順々に目を覚まし始めている気配が、感じられるようになってきています。

バラ科でもあり、よい香りがして、愛らしい花をたくさんつける梅の樹は、やっぱり金星の樹、なのでしょう。
ただ、桃や桜に比べると、花は控え目な感じだし、幹や枝は、歳月に鍛えられた風情を醸しています。
とても身体によい実も、生るようになるまでには何年もかかるそうです。美味しく食べるにも、手間と時間をかけないといけません。
そういうところは、どことなく、土星っぽい。

やはり日本の春を感じるには欠かせない桜の樹も、美しい花をいっぱいにつけることから、金星の樹、と考えられます。(例えばカルペパー=17世紀イギリスのハーバリスト・占星術家の説。)
けれど私は、なんだか桜には、海王星っぽさを感じてしまうのです。
その狂おしいようにして咲いて散る花の、宿命に、陶酔しているような姿に。
そしてその美しさに、人々が耽溺している様に。
桜の樹の根元には、死んだものの身体が埋まっている・・・そしてその血を吸い上げて、その花はあの仄かな紅色に色づくのだ・・・というお話を、いつかきいた気がするのですが、そんな妄想を抱かせてしまうところも、なんとも海王星的です。



今年の梅の、一番の見頃までは、もうあとちょっと。
愛を語る人々の声が賑やかになる、ヴァレンタイン・デーの華やぎの頃になるのでしょう。
今年のヴァレンタインの頃は、星空でも、春を告げる花たちのような金星や海王星が、咲き誇るようにして、印象的な眺めをみせてくれます。

けれど、残念なことに、明日からしばらく東京を離れるのです・・・。
パソコンを使えない状況にもしばらくなるので、ちょっと早いのですが、ヴァレンタインの頃の星空についてのお話を、書いておくことにします。

今年のヴァレンタインは・・・
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by leaf-child0802 | 2010-02-09 16:14 | 星空のお話 | Comments(0)

うつくしいゴミたち

私が住んでいる港区は、東京でも一番暖かいところのひとつで、天気予報で「東京」とされるポイントになっている千代田区の辺りよりも、1℃ほどは気温が高かったりします。
そんな港区でも、昨日の朝は、前夜の雨(または霙。もしくは雪。)でできた水たまりのことごとくが、そこここでぴしりと凍っていました。
寒い、というより、冷たい!

そんな中、一番ふかふかしたストールをしっかりと巻いて、原宿まで歩いて行ってきました。
目的は、コレ↓。
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菅原一剛写真展「DUST MY BROOM」
@トーキョーカルチャートbyビームス

会場が原宿、ときいた時は、正直ちょっとひるんだのですが(このブログを読んでくださっている方たちには、理由はお分かりと思います・・・。)、この冷たさなら、さすがにみんな、なるべく外を歩いたりはしないようにするだろう、と思ったのでした。
そして、思ったとおり、でした。ほっ。

同名の写真集の出版を記念した、今回の写真展。
写っているのは、ゴミたちの姿です。

・・・というと、環境問題について発信しなくては!という意気込みで撮られた写真、かと思われてしまうかもしれませんが・・・。
そこにあったのはやっぱり、菅原さんらしい、あたたかくて、澄んでいる写真でした。
決して雄弁でも、饒舌でもない。けれども、大切なことは、伝わってくる気がちゃんとする。その加減の自然できれいな心地よさは相変わらずな、素敵な写真たちでした。

写真という手法は、ある視点をもって、光景を切りとってみせる手法です。
けれども、菅原さんの写真は、切りとられた、という感じが、しないのです。
完結した世界観も、ちゃんとそこにはあって、画としてちゃんと完結しても、いるのだけれど。
切りとられてしまったものにある、ちょっと隔絶した感じの痛み、がないのです。
ちゃんと、繋がっている。
だから、必死じゃない。
だから、大切なことが、自然に心地よく伝わってくるのかもしれません。
そんな安らかさが、好きだな、といつも思います。



ゴミって、何なのだろう・・・?
ゴミ、と呼ばれるものがあるのは、おそらく人間のいるところだけです。
人間が、無駄だと思うもの。もう役に立たない、とか、もう意味がない、と思うもの。もうどんな繋がりもないだろう、と思うもの。もう大切になんてできないだろう、と思うもの。・・・それらをただ、そう思っている人間が、ゴミ、と呼んでいるだけなのではないでしょうか。
そもそもの、自然な世界では、無駄なものは何ひとつありません。役に立たないもの、とか、意味のないもの、は何ひとつありません。みんなが繋がっていて、それぞれに大切なもの、です。
そもそもの、自然の世界では、きっとゴミ、というものは、存在しないのではないでしょうか。

菅原さんの写真に写るゴミたちは、ゴミなんてとても思えない、うつくしい姿をしていました。
それらは、実はリサイクル工場で、「ゴミ」ではなく「資源」として大切にされているものたちで、無駄にされることなく、これからもいろんなものと繋がって、役に立っていくように、と思われてあるものたちだったのでした。

菅原さんは、それらの「ゴミ」たちをみた時、ただ「うつくしい」「かっこいい」と思ったのだそうです。
そして、そう思いながら写されたそれらの姿は、私にもやっぱりただ「うつくしい」「かっこいい」と映りました。「うつくしい」「かっこいい」と、思いました。

大切なのは、思い。
菅原さんの写真をみると、いつもそのことがしっかりと伝わってきて、その感じに、とても安心するのでした。

とってもオススメの、写真展です。

繋がっていく香り
   サイプレス 3滴
   ティートリー 2滴
   ジンジャー 1滴
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by leaf-child0802 | 2010-02-05 15:29 | お出かけの記憶 | Comments(0)