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ことの葉暦

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しのぶれど

明日は、満月です。

東京で、ソメイヨシノの開花宣言があったのが、ちょうど一週間前。
ご存知のとおり、開花から満開までは、だいたい一週間です。
・・・ということは、
「満月の月明かりの下で、満開の桜が観られるなんて、ちょっと贅沢すぎやしないかしら?!」
・・・なんて、思っていたのだけれど・・・。

何を思ったのか、踵を返さないといけない気になったようなのです。寒波が。
今日もさっき外に出たみたら、息が白かったりしたんですが。
昨日がまた、真冬でもしょっちゅうはないぐらいの、寒さだったのです。

そんな昨日は、用事で吉祥寺まで出かけないといけないと、前から決まっていた日でした。
吉祥寺といえば、そう、井の頭公園。
都内有数の、桜の名所。
多くの学生が、その同じ沿線に暮らしている大学に通っていたので、いろいろと思い出があるところでもあります。
終電で集合して、徹夜でお花見したことも、ありました。(若気の至りのひとつ、ではありますが・・・。ちなみに今は22時以降のお花見は禁止されているそうです・・・。)
もしかしたら、そんな懐かしい花景色に再会できる、絶妙のスケジュールになっているのでは?!と、ちょっと楽しみには、していたのです。

普段は、人がたくさん集まるところは、なるべく避けながら生活している私。
だけど、せっかくの桜を観ないなんて、CMで引用されている川端康成の一節ではないですが、「春の義理が果たせない」というものでしょう!
・・・と、少し早めに家を出ることにしました。

順調であれば、見ごろを迎えていることが期待されもした桜でしたが・・・
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こんな感じでした・・・。
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まだ秘めてないといけないのね、と、耐えているような・・・。
けれどもやっぱり、湧き出でようとするものは止めようもないようで、そこはかとなく桜色が、辺りに染みてはきています。
「しのぶれど、いろにでにけり」でしょうか。
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↑奥まった、ちょっとひっそりとしたあたりが、一番咲き揃っていました。

誇らかに、明らかに、高らかに、春の成就をうたうには、あと少ししのばないといけないようです。

一方、この満月から月が欠けてゆく2週間ほどの星空のエネルギーのもとでは、「しのんで」いることは、あまりしていられないのではないかな、と思います。
望むもの。欲するところ。
妥協なく、それらに向かい、確実に、かたちにしようとするエネルギー。
そしてそれらを、ためらうことなく、手にしようとするエネルギー。
そんなエネルギーたちが、外へと出ていこうとしている気配がしています。
貪欲、という言葉は、あまり聞こえがよくないですが、大きく花開こうとするなら、旺盛に欲することをしておく段階も、ないといけないのかもしれません。
そんな段階にいることになりそうな、時期みたいです。

しのんでばかりは、いられない香り
   パイン 3滴
   シナモンリーフ 1滴
   カルダモン 2滴

この満月からの2週間の、十二星座別メッセージはこちらへどうぞ。 
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by leaf-child0802 | 2010-03-29 14:25 | 星空のお話 | Comments(0)

食べるということについて

yogaをやっていそう(←やっています。)とか、サーファーなの?(←泳ぎは得意ですが、波には乗れません。)と、よく言われる私。
アロマやハーブの勉強をしていること、あと、ノーメーク&シンプルな服が好き、というスタイルからか、オーガニックのものを買う、とかいった類のこだわりがありそうに思われたりも、するのですが…。

自然が好き。
カラダにいいことも、もちろん好き。
もともとあまり丈夫なタチではないので、気を付けていることも、もちろんいろいろあります。
けれども、こだわり、というほどでは、ないのですね。
「そうすることに決めている」という感じではなくて、「自然とそうしてしまう」という感じ。
そして、「自然とそうしてしまう」、その動機の基本は、
「好きと思えるから」「大切に思えるから」と、
「気持ちよいから」「心地よいから」…なのです。

実際、オーガニックのものにこだわろうと思うと、なかなかお財布的にキビシイことになってしまうのが、都会での暮らし、であったりもするのですが…。
最近、ちょこちょこと、いわゆる「自然食」「健康食」と銘打たれたモノを、食べられる機会が、増えています。
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↑近所のナチュラルローソンで気になった、「マクロビオティック 野菜クッキー」。
ナチュラルローソンは、まさにコンビニの気軽さで、有機栽培のものが買えたりするので、楽しんでのぞいています。
ちなみに黄色はカボチャ、紫はムラサキイモの自然な色です。可愛いでしょう?
お砂糖ではなく甜菜糖、バターではなく菜種油、牛乳ではなく豆乳、そしてもちろん国産の小麦粉が使われているそうです。
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↑オーラソーマ関係の研修会で出た、お弁当。
会場になったスクールこだわりの「酵素玄米」と、ニールズヤード(イギリスの有名なナチュラル・レメディのショップ。表参道に日本の本店があります。)のデリ(ブラウンライス・デリおもて)のお惣菜。
「手間を惜しまない製法と姿勢」でつくられた食材が使われた、ベジタリアン・フードです。

どちらも、丁寧なつくりで、素材の味がひとつひとつはっきりしていて、だからこそ、食材の重みを覚えることができやすくなっている感じがしました。
つい食べ過ぎる、なんてできない、食べ応えでした。美味しかった。

「手間を惜しまない」って、素敵だな、と思います。
そうやって、ちゃんと可愛がられたものたちだもの。
美味しくいただかずには、いられなくなってしまいます。
そうして、健やかに、元気になった気持ちには、ならずにいられなくなってしまいます。
自然と、そうしてしまうのです。

人間にとって、食べる、ということは、本来、自然と、そういうことなのではないかな、と思うのです。
手間をかけたもの、そうして繋がりを持ったものの、愛したもののいのちを、いただく。
そうして生かされたいのちを、愛する。
愛することはきっと、生かされるものの責任です。ただしそれは、よろこびをもって、自然に負っていることができるような、責任であるはずです。
そして、そうして人間は、くるりくるりときれいな環を描いてめぐるこの世界の中に、自然に、気持ちよく、心地よくいられるようになるのではないかな、と思うのです。

そんな自然で、大切なことを、忘れかけてしまった・・・。
食べる、ということについて、不安を覚えることがあたり前のように言われるようになった昨今。こんなにも声高に論じなくてはならなくなってしまった昨今。
アトピーや、喘息。様々なアレルギー・・・。
自然食や健康食について意識を高く持つようになるきっかけが、そんな苦しみであったりすることも、多い。
それは、人間の意識が、もう自然と、では思い出せないくらい、忘れそうになっていることがあるんだよ、と、いのちが必死で訴えかけている、ということなのかもしれません。

愛する責任。忘れないでね。覚えていてね。

食についての意識の高まりは、ファッション的な扱いをされることもある一方で、哲学的、思想的なものになっていたりもします。時に、高尚なもののようにさえ、語られていたりもするのですが。
そんな難しいことでは、ないんじゃないかな、と思います。
美味しく食べられること。よろこんで食べられること。食べられることを、愛でること。
自然に、そのことを覚えていられれば、私たちが、繋がっていることを、忘れてしまうことは、ないんじゃないかな、と思います。
生かされている己が身を大切に思うのと同じように、繋がっているものたちを、大切に思うことも、自然としてしまうんじゃないかな、と思います。
そうしたら、自然と、どんないのちも、粗末にされたり、ないがしろにされたり、さげすまれたりすることは、なくなるんじゃないかな、と思うのです。

大切なのは、多分そういうこと、とムリなく考えて、生活をしている、私なのでした。

自然と美味しく食べる香り
   ジンジャー 1滴
   ローズマリー 2滴
   ライム 3滴
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by leaf-child0802 | 2010-03-26 15:03 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

麗しの、丘の休日

熱海ではなかった、とお話した、先日のささやかな旅の目的。
では、何だったかというと・・・
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ここ、です。
東海道新幹線が走る、富士山の麓の駅、三島。そこからバスに乗って、北へと富士の裾野を少しだけ登ったところに、「クレマチスの丘」と名付けられた、美術館の点在する一角があります。
そこに昨年10月、新たにopenしたのが、IZU PHOTO MUSEUM。
デザインは、杉本博司さん!
そしてそこでopeningとして、杉本さんご自身による、「光の自然(じねん)」が開催されていたのです!
杉本ファンを自認する私としては、これはもう行くしかないでしょう!!・・・ということで、ちょっとだけ思いきった遠出、とあいなったのでした。

杉本作品との出会いは、2003年。
銀座のメゾンエルメスフォーラムで開催された「歴史の歴史」でした。
U2のアルバム「No Line on the Horizon」のジャケットにも使われた、彼の代表作、「海景」シリーズの、一枚・・・その印象との、忘れ難い邂逅。
圧倒的に、シンプルで、潔くて、静かで。
でもそれ以上に、人間の言葉にはし得ない、いや、きっと、人間の言葉にされる必要などまるでない、けれどもこの世界中の、どんな隅にでも、どんな深みにでも、顕われて、満ちている、世界のエッセンスのような、preciousな何か、が、光にも似た明瞭さで、きちんと映されてそこにあるような。
圧倒的に、安らかで。
たけどその安らかさは、あたたかくもなく仄明るくもなく。かといって、涼しくもなく仄暗くもなく。
それでいて、そのすべてでもあるような。
きっと「空(くう)」の感触は、これに似ている、と思えるような。

いつまでも、ここにいてこれをみていたい。そう思ったのでした。

以前、雪景色のお話をした時に、日本の文化は余白を愛でる文化だ、というようなお話をしたかと思います。
例えば、白。
例えば、黒。
闇。透明。void。
日本の文化は、そういったところに、何もないのだ、とは言わない文化なのではないかと思います。
ひとつひとつ、言葉にすることはできないけれど、そこには何かがあるのだ、という感じを、愛でることをする文化なのではないかと思います。
だからそこを、敢えて自分たちが言葉にできるような何物か、で埋めようとはしない。
杉本さんの作品にも、そういうところがとてもあるような、気がします。
だからこそ、杉本さんの作品には、簡単には表現できないようなものの感触が、圧倒的なくらいに、あるようになっている。
例えば、時。
例えば、spirit。
だから触れていて、いつまでも飽きることなんてない。

言葉にするのは、かなりchallengingでしたが、私にとって、杉本作品の魅力とは、そんな感じです。

この新しいmuseumも、「空間」が、とてもとても美しい作品に仕上がっているように思いました。エントランスの奥と、展示室の奥につくられた日本的な「庭」が、格別に素敵なので、展示が他のアーティストのものになっても、杉本さんの雰囲気も十分に楽しめるんじゃないかと思います。

ご本人は、ちょっとお茶目で、aggressiveなところもあって、なんだか若者か少年のような感じもする方なんですけれどね。
作品とのgapも、また興味深い方です。



この日は、南風が強く吹いていて、富士の山肌にぶつかったところは、その痕を和らげようとでもするかのように、雲が覆っていたのですが、
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来た方は、こんなに素敵に眺められました。
この芝生のお庭には、「クレマチスガーデン」という名前が付いていて、時季的にクレマチスは咲いていなかったのだけれど、
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↑クロッカスだとか、他にも水仙やミモザや・・・春のお花にたくさん会えました。
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↑マグリットか、はたまたコンスタブルか・・・。いずれにせよ、なかなかフォトジェニックな風景がそこここにある、散策が楽しいお庭です。

そんな「クレマチスの丘」。
ミュージアムショップ「NOHARA」が、また素敵なのです!
雑貨も可愛いんだけれど、アートだけでなく、花や樹や心地よいスペースにまつわる本(アロマの本もあれば、詩集もあったり・・・)がたくさん詰まっていて、お財布のヒモが、緩んでしまいそうになって困りました。
私が最も敬愛する作家である須賀敦子さんが訳された、可愛い本を一冊選びました。
「木をかこう」(←左端のライフログに載せました。)
世界の約束のひとつが、やさしく語られた本です。

大満足の休日になりました。
お外が心地よくなる季節、オススメの、お出かけスポットです。

麗しの丘の休日の香り
   マンダリン 2滴
   ユーカリ・シュタイゲリアナ 2滴
   ゼラニウム 1滴
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by leaf-child0802 | 2010-03-22 14:53 | お出かけの記憶 | Comments(0)

海の休日 山の休日

一瞬、どこのリゾート地かしら??・・・と思わないではないですが…
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実は、熱海です。
この日はマラソン大会が行われていて、けっこうな人出、ではあったのですが、みんなが、穏やかでうららかなお天気を楽しもうという思いでいたのでしょう。空気には、せわしなさが少しもありませんでした。
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マリーナなんかもあるのですね。
遠くに望めるのは、三浦半島。

両親と、ささやかな旅に出ていたのでした。

大学のサークルの合宿だとか、友人との一泊旅行だとか。
「海にする?山にする?」
・・・で、どちらにも決められない時は、
「じゃあ、伊豆!(=海も山もある!)」
・・・というのが、東京で生活していると、けっこうあったりします。
このパターンでいくと、通り道にすぎなくなってしまいがちな、熱海。
ちゃんと散策までしたのは、初めてでした。

もっとも今回の旅も、熱海が目的、というワケではなかったのですが。
海と山のある休日の贅沢を、期待以上に楽しめました。

山の方は、こんな感じ。
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お宿があったのが、熱海梅園のほど近く。
梅祭りが終わったばかりの山あいの公園は、人だけでなく梅ももうまばら、ではありましたが、一番高い方に登ったところにあった「韓国庭園」の辺りには、まだそっと咲いているのがいたのです。
その「韓国庭園」は、世俗を離れた人が、ひっそりと哲学的な思索に親しんで暮らすために建てたお家(=「堂」というそうです。)を再現したものでした。
そういう暮らしに、憧れている私。
ひとりで心地よくいるのに程よいだけの、小ささと広さのスペース。
すみずみまで丹誠された、安らかなスペース。
静かで、穏やかで、それでいてしっかりとした密度で、時が流れている感じ。
この梅の風情も、とてもしっくりとしていました。
素敵だなあ。

休日の香り
   クラリセージ 2滴
   ベルガモット 3滴
   グレープフルーツ 1滴
   
海の休日にゆかりが深いのは、蟹座と魚座。山の休日にゆかりが深いのは、山羊座です。ただ、いずれも、どちらかというと、ちょっと静かなイメージになるでしょうか。
社交的な楽しみの場、と捉えるなら双子座的に。贅沢なリゾート、とするなら獅子座的なイメージにもなります。スポーツを楽しむために行くのなら、射手座的。のんびりと美味しいものを食べたりするためなら、牡牛座的。ゆっくりと心身をいたわるためなら、乙女座的・・・。
その人にとっての休日を星から描いてみるとしたら、太陽星座だけでなく、例えば、ほっとできるものを教えてくれる月の星座や、楽しみの場になる第5ハウス、旅に関わる第3&第9ハウスを手がかりに、想像を膨らませてみるといいでしょう。
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by leaf-child0802 | 2010-03-19 14:52 | お出かけの記憶 | Comments(0)

春の、一歩

この週末は、見事な行楽日和でした。
両親を誘って、小さな旅に出かけてきたので、また近々、そのお話もしますね。

・・・と言っている間に、季節がせめぎ合う頃ならではの、穏やかならぬ気配が、またもや空に漂ってきました・・・。
先週の嵐では、あの鶴岡八幡宮の大銀杏が、倒れてしまったのだそう・・・。
訪れようとする春の勢いは、年を重ねても衰えたりはしないのでしょうが、地上に生きるもののいのちの勢いは、年を重ねることでどうしても衰えていきます。
樹齢800年とも、1000年ともいわれていた銀杏の樹。流れ来るものの勢いに拮抗しようとすることを少しずつしなくなって、ついに我が身を手放すところまでになったのでしょう。
小さないのちたちを宿してやることに、身を惜しむことをもうまるでしなくなったみたいな、少しかなしいけれどとても尊い、静かな優しさを身に帯びていた樹でした。
まだ生きている枝葉を接ぐか挿すかして、復活させようという話もあるのだそうですが、ゆこうとするものは、大切に送ってあげられるといいな、と思います。

先日お話した「お水取り」は、昨日で終わりました。
・・・ということは・・・ゆく冬の気配を惜しむばかりでも、いよいよいられなくなりました。春ですよ!春!

新たな始まり。
そしてそれ故に避けることができない別れ。
そのどちらもが、愛おしまれる季節。
日本の春、とは、そういう季節でしょうか。
日本では明日、魚座の新月が、昇らんとする太陽のところで、起こります。
なんだかそんな日本の春に、ぴったりな感じのする、新月です。

日本は実はそんなに小じんまりとした国ではないので、地域によって多少差はありますが、明日の新月(=月と太陽が重なってあるようになること)は、ほぼアセンダント=東の地平線に重なっています。加えてそこに、水星と天王星も、重なっています。
なんだか印象の強い新月です。

新月は、始まりの月、です。
そしてアセンダント、というのは、この世界へと足を踏み入れよう!とする時の、はじめの一歩、の場所であり、足を踏み入れよう!という衝動がそもそもどうして起こったか、が記されてあるところ、とも考えられています。
なんだか、始まろう、という気概のようなものが、抑えがたくあるような感じがしてきます。

天王星は「水星の高次のエネルギー」という言われ方もします。天王星と水星が重なって響き合っている音には、とてもそっくりでぴったりしているような感じがあるのです。
この星たちは、思いのままに一歩を踏み出せることで繋がることができるものに、意識を向けているようなところがある星たちです。鋭敏で、動くことや変わることにしり込みしていたりしない、そんな星たちです。
そんな星たちと一緒にいるのです。始まろう、としていた新月が一歩を踏み出すことは、いつになくたやすいのではないかと思います。

彼らがいるのは、魚座です。
そこは、渾然一体の世界です。
深い静けさに満ちた世界です。
手放すことが、怖くなくなる世界です。
あるがままに、なすがままに、感じるままに任せていて、怖くなくなる世界です。

そこから踏み出される、一歩。
よきものに、繋がっている一歩のような、気がします。

そして新月から満月までの2週間。
踏み出した後は、どんどんと、しっかりと、歩いていられそうです。
どこかに着いてしまえるワケでは、ないかもしれませんが、どこかが見えている心強さは、あるだろうと思います。
そんな星模様の時期です。
まずは、一歩。
快く、踏み出せますように。

春に踏み出す一歩の香り
   グレープフルーツ 2滴
   マジョラム・スイート 2滴
   ローズマリー 1滴

十二星座別メッセージはこちらへどうぞ。
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by leaf-child0802 | 2010-03-15 17:17 | 星空のお話 | Comments(2)

春を告げる炎

さて、これは何でしょう?
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もうちょっと引きで、全体像を。
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答えは、立派な竹たちでした。
先月、奈良の二月堂に行った時に、出会った光景。
「お松明」の準備です。

「暑さ寒さも彼岸まで。」と言いますが、
「お水取りが終わると、奈良にほんとうに春が来る。」というのが、奈良の人間の季節の感覚です。
「お水取り」というのは、東大寺でこの季節に行われる「修二会」という行事(お坊さんたちが、特別な行をされます。)のこと。
ほんとうは、「修二会」の行のひとつが「お水取り」なのですが、私たちは「修二会」全体を呼ぶ時にも、だいたいこちらの言葉を使っています。

そんな、奈良に春を告げる「お水取り」のハイライトが「お松明」です。
写真↑の立派な竹たちで作られた松明を掲げて、行者が次々と二月堂の舞台(=バルコニーみたいになっているところ)を走り抜けます。
舞台の欄干を支えにして、下で観ている人たちの方へ炎をぐんと突き出したり、ぐるぐる回したり・・・これがかなりのスペクタクルなんです。

ちなみに私は、これに見とれていて、降ってきた火の粉でコートを燃やしかけたことがあります。隣で観ていた見ず知らずのおじさんがいち早く気付いて、友人と一緒に叩き消してくれたので事なきを得ましたが・・・。もっともこの「お松明」の火の粉をあびるのは、とても縁起のいいことだと言われています。
今日12日は、とりわけ大きな「籠松明(大松明、と呼んだりもします。)」が出る日。のんびり出かけたのでは、お寺の境内に踏み入れることさえ難しいぐらいの人出に、なっていることでしょう。

それにしても、世界遺産になるくらいの文化財の中、しかも木造で、本来火気は厳禁中の厳禁のところで、炎を振りまわすのですから、よく考えたらとんでもないこと、ではあるのですが。(ちなみに奈良では、東大寺や春日大社のすぐ背後にある若草山をまるごと焼く、という、やっぱりよく考えたらとんでもない行事も、年に一度やっています。)
松明の炎の灯りのほかは全くの暗闇の中、目を凝らしてみていると、実は、松明にはちゃんと、伴走者がいて、飛び散った火の粉をすかさず小さな箒のようなもので始末していることに気付きます。
大切な何かを守ろうとする気合いと、心配りが、そこにはしっかり感じられます。

もうこの行事は、1300年近く、何があろうと途切れることなく、続けられているのだとか。
そしてそれは、悔過(けか)=懺悔のために行われているのだそうです。
懺悔。すなわち、過去に罪があったことを認め、悔いていることを告白し、改めようと誓うこと。
そしてその上で、行者たちは、世の安寧を、人々の幸せを、祈願するのだそうです。

だから、お「水」取り、と言いながらそこに、炎、なのでしょう。
火と水には、ともに清める/浄める力があります。
ただ、水のきよめ方は、還元させる、といった感じがあります。けがれのない、そもそもの姿に、戻す、という感じ。そこには、この世に在るものの元(例えば、大いなる自然、とか、ワンネス、と考えてもいいかもしれません。)のきよらかさへの、無意識的なぐらいに圧倒的な信頼、があるように思います。
一方、火のきよめ方には、変質/変成させる、といった感じがあります。そもそもあるけがれを、苦しみと気付き(灯火=光は意識の象徴でもあります。)を得て、きよいものへと変える、という感じ。けがれが、なかったことになるワケではない。けれどそれがあったからこそ、今もあるのだ、という感じ。
過去であるとか、罪であるとか、そういったものが、そもそもの自らの本質の一部を絶対的に成していると考えるかどうか、で、きよめられた、と思える時の感覚も、それぞれになっていくのだろうと思います。

昨年だったか一昨年だったか、NHKだったか、TBSの「世界遺産」だったか、定かではないのですが、本来は私たちがみることのできない行の光景が、放映されたことがありました。
奈良の寒さは、厳しいのです。殊に陽が落ちた後、山に縁取られた盆地という器の底でしんとなった空気は、痛いくらいに冷たいのです。
そんな空気を、ただろうそくや、月や星の明かりだけが照らす中。ひたすら悔過と祈りに、己の身と心を捧げている行者の姿に、震えました。
ひっそりと隠されたところで、懸命に、世の安寧と、人々の幸せを祈ることに、己を捧げている誰かがいる・・・。
人間は、小さく、弱く、力ないけれど、その光景は、心強さを感じさせてくれるものだったのでした。

春は、いのちが浄化を経て新たなスタートをきろうとする季節。
春分を境に、十二星座も新たなサイクルをスタートさせます。
今年は、お水取りが終わってすぐに、新月もやって来ます。
あと少し。しっかり備えましょうね。

春を告げる炎の香り
   フランキンセンス 3滴
   パイン 2滴
   シナモンリーフ 1滴
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by leaf-child0802 | 2010-03-12 14:46 | 奈良のこと | Comments(0)

blue blanket

blue blanket。
「持っていると心が落ち着くもの」のこと。
それがこの言葉のモトなのかは、定かではないのですが、スヌーピーの友人(?)、ライナスが持っている「安心毛布」が、ブルーだそうです。

小さい頃の私の「blue blanket」は、オフホワイトの地にオレンジがかった赤の細い線で子羊の絵柄がたくさん描かれている、ベビーサイズのカーゼケット。能登の祖母のところへ行く時も、それだけは自分で持って行ったことを覚えています。
ちなみに、一番お気に入りだったぬいぐるみも、子羊でした。
どちらも名前は「ひーちゃん」。(幼子故に、見事に安直。)
子羊、というのは、純真無垢の象徴であるとともに、守られ導かれることを必要としているものの象徴でもあります。
偶然、なのかもしれません。けれどもたしかに私は、人一倍守られ導かれることを大切に思っている、そして懸命に求めている子供だったような気が、します。

大人になった私にとっての「blue blanket」は、本です。
囲まれていると、落ち着く。持っていると、もちろん落ち着く。
先月歯医者に通っていた時も、かかさず持っていました。
治療台の上でがりがりとやられている時、やっぱり気が付くと、手がグーになっていたものだったのですが、そんな時、「ああ、そうだ。本を持って来てるんだった。」と、お腹の上に乗せたままにしていた読みさしの本に手をやると、力が上手に抜けるのでした。

手触りとか、肌触りとか、それからにおい、とか。
持っていると落ち着くもの、であるためにまず大切なのは、そんな要素であるような気がします。(お気に入りの毛布やぬいぐるみを洗濯したら、子供が泣いた、とか、怒った、というお話もききます。)
人間は、この世界を認識しようとする時、その情報源の80%から90%を視覚に頼っている、といわれていますが、もっと本能的にこの世界と関わろうとする時には、むしろ触覚や嗅覚の方が重要なのです。
なので、「blue blanket」が実際にブルーという色をしているかどうかは、おそらくあんまり重要ではないのだろうと、思います。



人間が最初に認識した色は白と黒、そして赤、それから緑、黄で、青は原色と呼ばれるものの中では一番最後だったと考えられています。また、青は、加齢などで色覚が衰える時、最初に感じにくくなる色でもあるのです。
ブルーはまた、人間が手にすることが難しい色でもありました。ブルーの顔料(その代表はラピスラズリ)は、古代からとても貴重なものでしたし、染料は、洋の東西を問わず、ほぼ藍(インディゴ)しかありませんでした。かつ、鉱物であれ、植物であれ、ブルーという色をもつものは、水や光や空気に触れることでその色を失いやすい、という性質を持っているものが、とても多いのです。
そのため、色の純粋性を重要視した西洋文化にとっては、憧れと扱いにくさのジレンマがある色でも、あったでしょう。
(余談ですが、少し前にTV放映があった、ブラッド・ピット主演の「トロイ」では、トロイの人々の衣装に藍染めが使われていました。プリアモスを演じたピーター・オトゥールのブルーの瞳と相まって、とても印象的でしたが、憧れ、扱いにくさ、そして失われゆくさだめのもの・・・といったイメージに、ぴったりしている感じがします。)
一方で、「ジャパン・ブルー」という言葉ができるほど日本人が藍で彩ることに長けたのは、その文化が自然の移ろい、というものにとてもよく馴染んだものだったからかもしれません。

けれども。

空のブルー。海のブルー。
私たちの母なる地球は、ブルーという色で満ちています。
母なるブルー。安らぎと、保護と、信頼と、慈しみのブルー。
聖母マリアのマントは、やはりどうしてもブルーでなければいけなくなりました。
オーラソーマでは、ブルーのことを「第一の原色」と呼んでいます。
私たちが「個」となる前提として、「大いなるものとひとつであった」ことを、伝えてくれる色です。そして、そのことを忘れずにいることの安らぎを、伝えてくれる色です。

「blue blanket」が実際にブルーという色をしているかどうかは、あんまり重要ではないのでしょう。
ただ、その「持っていると落ち着くもの」には、たしかにブルーのエネルギーが満ちているだろうと、感じます。
幸せの色でもある、ブルー。
あなたの「blue blanket」は、何ですか?

blue blanketの香り
   カモミール・ブルー 1滴
   マジョラム・スイート 2滴
   マンダリン 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-03-08 15:17 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

戻らないもの

もうひと月ほど前の、のんびりした夕食時。
その夜のメニューは、ふわふわ、でも、とろとろ、でもないけれど、決して堅くはないものばかりだったのです。
それなのに。
星が飛ぶ、とか、星が散る、というのは、こういうコトか!!・・・という衝撃が!
茫然・・・からはほどなく復活したものの、それからは、怖る怖るにしか何事もできなくなってしまいました・・・。
歯は大事です!
食べるため、のみならず、例えば鼻をかむ、程度のことに必要な、ほんのちょっとの踏ん張りでさえ、歯が支えてくれていないと、上手にきかないのです。
私たちはそんなほんのちょっとの踏ん張りを、日々積み重ねているワケですが、あまりに自然に、歯がしっかりとそれを支えてくれているので、ちょっと力のいることをやっていることに、負担を感じることなく、無意識でさえいられたワケなのです。
歯がどれほど大事だったかを、あらためて意識させられたのでした…。



歯は、人間の身体で一番堅いのだそう。
けれどもおそらく唯一、自ら再生・修復することのないもの、でもあります。
皮膚や臓器や骨は、基本的には傷ができても治っていくし、髪や爪は、どんどん新しいものが生えてきますが、歯は、そうはいきません。
監察医が主人公のドラマ「きらきらひかる」の中で、歯の組成に含まれていた放射性物質を調べることで、その持ち主が、歯が発生・形成される胎児期にチェルノブイリ原発事故の影響を受けたことが分かる、というエピソードがありました。歯は、新陳代謝をしていない、ということです。
占星術の世界では、歯を司るのは山羊座、そして土星、ということになっています。しっかりとしたかたち、であろうとするエネルギー。そしてそのために、耐えるべきものには耐えよう、とするエネルギー。そんなものたちと、繋がっています。
また、山羊座/土星は、「時」を司る星たちでもあります。ただ、その「時」のイメージは、「流れていくもの」というよりはむしろ、「刻まれていくもの」という感触を、しています。刻まれたものは、そうそう消えることはない。だからそれは、時に、宿命、とか、カルマ、とも呼ばれたりもします。
そして「時」は、戻りません。取り戻すことが、できません。だから山羊座/土星は、それまであったもの、その上でここにあるようになっているものを、大切に思います。そしてここからあるようになっていくものが、しっかりとしたものになるように、ずっとしっかりとあっていけるように、力を尽くそうとするのです。



そもそも余程のっぴきならないことにならない限り、医者には行かないことにしている私。ちょっとした不調なら、アロマやハーブに助けてもらうことで、十分対処できるのです。
ただし、何が何でも自然療法、ということでもないのです。それなりに勉強もしてきているので、いわゆる西洋/近代医学でないと対処できないものがあることも、十分承知しています。そもそも身体のつくり自体は丈夫じゃないこともあって、すぐ相談に行けるかかりつけのお医者さんを、近くにちゃんと見付けてあります。
だけど、歯は丈夫だったので、歯医者さんは、見付けておくのを怠っていました・・・。

ある街/町に、settleする、ということ。
お家を見付けること。仕事を見付けること。友人を見付けること。etc.etc.・・・。
もしかしたら、お医者さんと、歯医者さんを見付けること、も、そうしようとする時に、不可欠なことのひとつ、なのかもしれません。
しっかりと、その街/町で時を過ごしていくことに、力を尽くすために。

芸能人も通うような、きらびやかな「街の」歯医者さんが目につくこの辺り・・・。けれども自分が行くなら、子供からお年寄りまでに頼られているような、「町の」歯医者さんがいいなあ・・・。そう思って駆け込んだのは、広尾の駅のすぐそばにある、ちょっとずつ手を入れてはいるのだろうけれど、それでいて、昔からずっとそのまま、という風情の歯医者さん。
歯は、ぱっくりと割れていました。けれどちゃんと処置してもらって、もう大丈夫です。
これからは何かあったら、その歯医者さんに、行けます。
この街へのsettleが、また少し確かになった気分です。

戻らない大切さの香り
   シダーウッド・アトラス 2滴
   マヌカ 2滴
   クローブ 1滴

歯痛を和らげるのにとても役に立つ、とされているのが、クローブ。とても強力な殺菌作用もあり、風邪などの感染症の季節に香らせておくのもよいみたいです。よく似た香りの、シナモンリーフもオススメです。
ただし、どちらもほんとうにパワフルなので、量はごく少なめに、妊娠中の方は避けていただくのが、安全です。
私は、掃除機の紙パックに1滴たらす、という方法で使ったりしています。

歯の神経を抜いたので、神経がないんだから痛くないだろう、というのと、先生が上手で安心できたことで、お薬の臭いを好奇心を持って確かめてみたりしている余裕があったのですが、神経を抜いたところに詰められたお薬の臭いは、クローブやシナモンリーフに似ていました。
ちなみにこの2つの精油は共に、7~8割がオイゲノールという成分で占められています。
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by leaf-child0802 | 2010-03-05 13:42 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

ショパンの調べ

冷たい雨が降っていた、日曜日の朝。
仕度をしながら、天気予報が観られないかとテレビをつけてみると・・・そこには、ブーニンがピアノを弾く姿が!
懐かしい!!(・・・と言ってしまってはいけないのでしょうか??今でももちろんご活躍されているのですから…。)
「題名のない音楽会」という番組でした。

彼のピアノが一大ブームとなるきっかけになった、1985年のショパンコンクールで優勝した時の演奏を、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。
今、25年を経てあらためて言葉にするのに、感触を確かめようとしても、ちゃんとできるぐらいに、まだ小学生だった私も、それを、はっきりと記憶に刻んでいたのでした。

コンクール、というと、緊張と集中のためか、苦しそうだったり、思いつめているみたいだったり・・・あんまり楽しそうじゃないなあ…この人たちはほんとうにピアノを弾くのが好きなのかなあ…と子供心に感じてしまうような光景がたいていそこには展開されていて、音楽が心を出入りするのに十分な呼吸ができないような、そんな気分で眺めていたものだったのですが。
天使が飛んでいるみたい・・・そんな圧倒的だけれど、やわらかな恍惚が、彼が弾くピアノには、感じられたのです。

当時の私のピアノの先生は、今思えばどうやら、赤毛のアンのように何かをやらかす、というまでではないにしても、感受性に委ねて想像に遊ぶことに夢中になってしまうところが多分にある、まだ小さくて未熟な私(ちなみに、感受性と想像力の星である海王星が、よろこびや創造的な自己表現へとエネルギーが向かう第5ハウスにいます。)に、甘いお酒のようなショパンを与えるのはちょっと危ないかも…と思っておられたらしく(海王星はアルコールと幻惑の星でもあります。)、もっと率直に健やかで、しっかりとして明瞭な美しさがある、古典派のモーツァルトやハイドンをたくさん弾くように、とされていたのですが。(先生ご自身は、リストの極めて技巧的な作品などを、好んで弾いてらっしゃいました。)
もっとショパンが弾きたい!・・・とねだったことを覚えています。

25年を経た容姿は、それなりに変わってはいたけれど、その音ですぐ、ブーニンだと分かりました。
やっぱり、魅入ってしまったのでした。

彼がショパンを愛する理由・・・それは、ショパンの曲を弾く時、指が感じるうっとりするような、素晴らしい心地よさにあるのだとか。
美しい、とか、心地よい、と感じ、魅かれることは、金星のエネルギーとかかわりが深いのですが、彼の金星は、きめ細やかな身体感覚を持つ乙女座にありました。
そんな金星が、それまであったものにとらわれない、変化を怖れない、どこかカリスマ的でさえあるほどの創造性を感じさせる、天王星と冥王星のコンビネーションに重なっています。彼の解釈が異端的、とも評されるのは、この星たちのパワフルさに理由がありそうですが、乙女座は、その繊細で器用な手先で、きちんと見事なものをつくろうと努力する星座でもあります。解釈は「異端的」でありながら、その演奏に、信頼するに足る整い方が感じられるのは、乙女座のエネルギーが活かされた、端整なテクニックあってこそ、なのかもしれません。
加えて、情熱の星・火星は、燦然と輝くことを使命のように思っている真夏の太陽のような獅子座にあり、芸術家の星とも呼ばれる海王星と、互いにとても意識的にならずにいられない関係になっています。彼の表現力のまばゆさ、ドラマティックさを、即座に思い描ける、星模様です。

昨日(2010年3月1日)は、ショパンの生誕二百年にあたるのだそうです。
ただ、ショパンのお誕生日については説がいくつかあるのだとか・・・。
そこで、そのいくつかの説について、ホロスコープを描いてみたのですが・・・。
やっぱり、1810年3月1日、が一番ふさわしい、というか、そうであったらお見事!・・・な感じでした。
その人の中心、であり、全てのエネルギーの源、である太陽と、美と調和の星・金星が、魚座で重なっています。魚座はその守護星である海王星と共に、心を震わせる芸術、中でも音楽とゆかりが深い星で、美の星・金星は、その許では「昂揚」する、とされています。
しかもそこに、人々を根底から揺さぶるような、とてもとても強いエネルギーを持った冥王星まで、重なっています。
情熱の星・火星は、自分の本来の居場所である牡羊座にいます。Wikipediaのショパンについての記事の中に、「新しい演奏技術の開拓に果敢に挑み」という一文があったのですが、十二星座の一番目であり、新しい地平へと果敢に向かっていく、勇気ある牡羊座にある火星のエネルギーが充実している様に、ぴったりです。
金星と火星は、共に恋愛に関わりのある星ですが、この二つの星がこんなにパワフル、というのは、ジョルジュ・サンドとの恋を大いなるモチベーションとした彼の生き方に、ふさわしい感じもします。
そしてこれらの星が、全て芸術家の星・海王星と、密接な関係を結んでいるのです。

音楽は、目に見えないエネルギーとか、波動、といったものを感じ、受け容れることを身近に楽しんでみるのに、とてもよい方法なのではないかと思います。星のエネルギーの感触を、イメージすることを助けてもくれそうです。
ホロスコープの情報というのは膨大なので、簡単にまとめる、というのはなかなか大変で、書きたいことはまだまだあるのに、すでに長くなってしまいました・・・。おりをみて、別の音楽家さんたちを観ることも、またやってみようかな、と思います。

ショパンの調べの香り
   イランイラン 1滴
   サンダルウッド 1滴
   ローズウッド 2滴
   フランキンセンス 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-03-02 14:19 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)