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ことの葉暦

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腑に落とす

昨日、一昨日、ほうれん草を食べました。
群馬県産。
昨日は、シンプルなおひたし。釜揚げシラスとおかかを添えて。
一昨日は、ガーリック風味のソテー。3種のキノコと一緒に。
美味しく頂きました。

放射能汚染、といっても、
それこそ尋常でない食べ方をしないと健康に影響は出ない、というレベル、
だそうですし、
私たちの身体は、放射性物質だってちゃんと排泄できる、ということですし、
それに、めぐって来てくれたいのちを捨ててしまうなんて、やっぱり私にはできない・・・。

電気・ガソリンを始め、これまでのように手に入らない・使えないというものが多い不安と苦労がありながらも、
一生懸命お世話し、育てたいのちたちが、
誰のいのちも養うことなく捨てられてしまうなんて、
農家・酪農家の方たちの悲しみは、どれほどであることか・・・。

とはいえ、
食はいのちに深く関わること。
いのちを大切に守るためにされた「捨てる」という決断なのなら、
それだって、もちろんきっと、正しい。

・・・のだけれど・・・

ただ…(続く)
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by leaf-child0802 | 2011-03-22 10:15 | 素敵なものたちのこと | Comments(2)

しのぶれど

明日は、満月です。

東京で、ソメイヨシノの開花宣言があったのが、ちょうど一週間前。
ご存知のとおり、開花から満開までは、だいたい一週間です。
・・・ということは、
「満月の月明かりの下で、満開の桜が観られるなんて、ちょっと贅沢すぎやしないかしら?!」
・・・なんて、思っていたのだけれど・・・。

何を思ったのか、踵を返さないといけない気になったようなのです。寒波が。
今日もさっき外に出たみたら、息が白かったりしたんですが。
昨日がまた、真冬でもしょっちゅうはないぐらいの、寒さだったのです。

そんな昨日は、用事で吉祥寺まで出かけないといけないと、前から決まっていた日でした。
吉祥寺といえば、そう、井の頭公園。
都内有数の、桜の名所。
多くの学生が、その同じ沿線に暮らしている大学に通っていたので、いろいろと思い出があるところでもあります。
終電で集合して、徹夜でお花見したことも、ありました。(若気の至りのひとつ、ではありますが・・・。ちなみに今は22時以降のお花見は禁止されているそうです・・・。)
もしかしたら、そんな懐かしい花景色に再会できる、絶妙のスケジュールになっているのでは?!と、ちょっと楽しみには、していたのです。

普段は、人がたくさん集まるところは、なるべく避けながら生活している私。
だけど、せっかくの桜を観ないなんて、CMで引用されている川端康成の一節ではないですが、「春の義理が果たせない」というものでしょう!
・・・と、少し早めに家を出ることにしました。

順調であれば、見ごろを迎えていることが期待されもした桜でしたが・・・
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こんな感じでした・・・。
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まだ秘めてないといけないのね、と、耐えているような・・・。
けれどもやっぱり、湧き出でようとするものは止めようもないようで、そこはかとなく桜色が、辺りに染みてはきています。
「しのぶれど、いろにでにけり」でしょうか。
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↑奥まった、ちょっとひっそりとしたあたりが、一番咲き揃っていました。

誇らかに、明らかに、高らかに、春の成就をうたうには、あと少ししのばないといけないようです。

一方、この満月から月が欠けてゆく2週間ほどの星空のエネルギーのもとでは、「しのんで」いることは、あまりしていられないのではないかな、と思います。
望むもの。欲するところ。
妥協なく、それらに向かい、確実に、かたちにしようとするエネルギー。
そしてそれらを、ためらうことなく、手にしようとするエネルギー。
そんなエネルギーたちが、外へと出ていこうとしている気配がしています。
貪欲、という言葉は、あまり聞こえがよくないですが、大きく花開こうとするなら、旺盛に欲することをしておく段階も、ないといけないのかもしれません。
そんな段階にいることになりそうな、時期みたいです。

しのんでばかりは、いられない香り
   パイン 3滴
   シナモンリーフ 1滴
   カルダモン 2滴

この満月からの2週間の、十二星座別メッセージはこちらへどうぞ。 
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by leaf-child0802 | 2010-03-29 14:25 | 星空のお話 | Comments(0)

appetizing 食前篇 

解禁になったボージョレ・ヌーヴォー、みなさんはもう楽しまれましたか?

小売業界の仕掛けにはレスポンスの鈍いタイプの私ですが、「ボージョレ・ヌーヴォー解禁」の文字には、つい購買意欲をそそられてしまいます。季節モノでもあるし、その年のお天気がどんな感じだったか、思い出してみる楽しみもあるし…。ワインに詳しいワケではないけれど、雰囲気を味わうために結局毎年購入しているような気がします。
また今年は、エコ&コストのことを配慮した、ペットボトル入りのボージョレ、なるものもお目見え、ということで、いつもと違った意味でも興味をそそられていたのです。

なのに解禁日当日はちょっと怯むような冷たい雨…。結局買い物に出るのをサボってしまいました。
するとどうやらペットボトルは大変な人気、だったみたいで、次の日にはみんなお店をあとにしていました…。
どんな感じだったのか、見てみたかったのに、ちょっと残念。
そんなペットボトルですが、なんでもフランスの、ボージョレの認定をする団体からは、「品格の問題」で、来年以降は認定できない、と言われているとか。来年はもう見られないのかも…。

もっとも私は、アルコールの揺らめきが、重いくらいにしっかりとしたガラスに抱かれている感じがとても好きで、だからやっぱりガラスの瓶に入ったものを買い続けるだろうな、とは思います。なのでエコより「品格」が大切、というフランスのこだわりも、なんとなくわかるような気もします。

ちなみにお酒のためにお家に用意してある器は、高級なものではまるでないながら、安心なだけの重みがあるものばかり。そして素朴だったり、まろやかだったり、ガラスなのになんだか丈夫そうで、あったかそうな…そんな感じを大切に選んでいます。
まばゆいくらいに見事に透明なクリスタルのグラスでは、なんだかアルコールの揺ら揺らした感じを安心して心ゆくまで楽しめないように思ってしまうのです。唇で食んだだけでも、ぱりんと痛々しく割れてしまいそうな精緻な繊細さは、それはそれで素敵ではあるのだけれど。

e0170845_1455153.jpg今年購入したのは←こちら。ヌーヴォーのラベルには華やかなものが多いのですけれど、このラベルはひと際、溢れんばかりのベリーを想わせる甘やかさ。
葡萄は木星の果実ですし、宗教儀式に縁の深い飲みものでもあるので、ワインの星、として考えられるのは、まず木星になるのかなあ…と思うのですが(特に赤ワイン。白ワインは満月の飲みもの、ともされています。)、フレッシュなヌーヴォーには水星的なイメージもアリ、かもしれません。けれどもこのラベルの感じは、むしろなんだか金星的。
アルコール、ということなら、海王星。
この血のように艶めいた色は、冥王星的だなあ…と思います。いのちの奥底のプリミティブなところにまで、深く訴えかけてくるその色を眺めていると、いのちの力強さの可能性というものに、蠱惑させられるみたいな感じがしてきます。キリストの血、とも呼ばれるワイン。復活と再生の星・冥王星は、もしかしたらこの飲みものに、一番ぴったりの星なのかもしれません。
そういえば、疲れている時には赤ワインが飲みたくなる私なのでした。なんだか深いところにエネルギーを、しっかりもらえそうな気がして。

50年に一度の出来、という今年のヌーヴォー。
ヌーヴォーらしからぬ、と言っていいくらいに、しっかりしたお味だったように思いましたが、みなさんはどんな風に楽しまれたでしょうか?

蠱惑的でしっかりした飲みものの香り
   イランイラン 1滴
   パチュリ 1滴
   サンダルウッド 2滴
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by leaf-child0802 | 2009-11-21 15:03 | 季節の言祝ぎ | Comments(0)

サロメの一鑑賞者の話

年明けの新春大歌舞伎以来、という、久しぶりの観劇に出かけてきました。

場所は、東京グローブ座
その名のとおり、シェイクスピアの活動拠点だったロンドンのThe Globeを摸してつくられた、とても雰囲気のある劇場です。
出来た当初は「シェイクスピア劇しかやらない!」…という、日本ではかなり思い切ったコンセプトを掲げていたようなのですが、案の定ほどなく行き詰まり(大学生の頃ここでCITY BOYSを観た記憶があります・・・。)、現在はジャニーズ事務所のバックアップを受けて運営されているようです。それでも、この素敵な空間が、劇場のままで守り続けられている、というのはとてもうれしいこと・・・。
残念ながらシェイクスピア劇が上演されることはほとんどなくなってしまったのですが、「ホール」ではなく「playhouse」の趣のあるこの劇場では、やっぱり古典的な趣向のある演目を楽しみたいもの。
今回は、篠井英介さんが「サロメ」を演じられるというので、大よろこびで出かけました。

歌舞伎ではなくて女形をされる、ということで有名な篠井さん。とても興味深い役者さんだなあ・・・と思っていたのですが、あるトーク番組で素顔を拝見して、なんてsmartで、それでいてチャーミングな方なんだろう!!・・・とすっかりファンになってしまった私。

初めて観た彼の女形は、「欲望という名の電車」のブランチでした。場所は、青山円形劇場という、舞台と客席の関係がかなり親密なところでした。
倉俣史朗さんデザインの椅子「ミス・ブランチ」の、アクリルに閉じ込められた深紅のバラのように、美しさと、不自然さを感じさせる役です。閉じ込められた儚さが発する叫びの、狂気を帯びた音色がいつも微かに苛んでくるような役です。
そこには、ブランチがいました。
驚くほど静かなさりげなさで、豊かなブランチのイメージが、そこには表現されていたのです。

宝塚の男役、などはその最たるものと言えるかもしれませんが、舞台で役を演じる、ということには、いかに洗練されたかたちでデフォルメをやるか、というところがあると思うのです。
なのに、篠井さんの女形は、むしろ控え目なくらい。それでいて、一瞬の微笑みに、まばたきに、ただたたずんでいる姿に、「あぁ・・・彼女がそこにいるんだ・・・。」と思わされてしまうのです。

今回演じられたサロメは、まだ少女といっていいかもしれないくらいの娘の役。
「舞台で役を演じる、という表現は、お客様のイマジネーションの力を信頼しているからこそ、成り立つもの。」…と、篠井さんはおっしゃいます。
即物的な見方をしてしまえば、いかに役者として訓練され洗練された、華奢な方とはいえ、そこにあるのは明らかに間もなく50歳を迎えようとする男性の肉体です。(特に今回はヨカナーンを演じたのが、見事に澄まされた肉体を持つダンサーの森山開次さんだったので、それを意識してしまうと、無理は感じてしまいます。)
けれど、篠井さんが発しておられるエネルギーは、サロメそのものでした。それを感じた時、受けとった時、そこにいて、私のイメージを満たしてくるのは、紛れもなくサロメでした。自分の美しさが人を動かすことをよく知っている、そして、そのことを畏れることを知らないだけ愚かな娘が、そこにいました。

アイルランド出身のオスカー・ワイルドの書く、散りばめられた、という感じの言葉たちは、唯美的なだけでナンセンスだ、との批判を受けさえしましたが、ミクロとマクロが、求心と遠心が、ただその繋いだ手を信頼してくるくると回り続けているようで、どことなく、心魅かれてやまないケルトの香りも感じました。
サロメのイメージに酔いながら、そんな言葉たちがまるで歌うように語られるのをうっとりと楽しんでいたら、ほんとうにあっという間に、一幕90分は過ぎていったのでした。

行ってよかった!

・・・ということで、今日はちょっと、サロメの香りを考えてみようと思います。
自分を拒んだ恋しい男に口づけをしたいがために、その男の首を所望したサロメ。
「恋」の星といえば金星、ですが、相手と響き合うことではなく、相手を手に入れることを執拗に求め、死の感触さえよろこびとしたサロメの恋の星は、火星・冥王星・蠍座・・・の感じ、でしょうか。

サロメの恋の香り
   シナモンリーフ 1滴
   イランイラン 2滴
   サンダルウッド 3滴

この日は幸運にも終演後にちょっとしたトークショーのおまけが付いていました。
メイクを落として、シンプルな私服に着替えられた篠井さんから醸し出されていたのは、自然な謙虚さと、愛らしいユーモア・・・。そんな方が、つい先ほどまでサロメだったとは!・・・と、今さらのようにびっくりもしたのでした。
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by leaf-child0802 | 2009-10-26 15:42 | お出かけの記憶 | Comments(0)

御守り

さて、これはなんでしょう??
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実はこれ、クモの抜け殻なんです。
昨日、留守中に溜まっていたメールの整理が一段落して、一息入れよう、とリビングスペースへ移動したら、テーブルの上に5ミリほどの、小さな星みたいな、花みたいなかたちの透明で不思議なものがあるのに気付きました。よく見ると細い細い足らしきものが8本・・・。
小さい頃に大きなクモにビックリさせられた、あんまり素敵な感じではない記憶が幾つかあるので、どちらかというとクモは苦手だったんですが、小さくて透明で、繊細なかたちがとてもきれいに思えたので、手近にあった、塩(浄化のお風呂用)を持ち運ぶのに使ったビニールパックに入れて、写真を撮ってみました。(そうでもしないと、飛んでいってしまいそうに儚い感じだったからです。)まだかわいい盛りな赤ちゃんグモだったのかな?

例えば昆虫の足の数。(クモは昆虫ではない、と学校で習いました。)スターオブベツレヘムの花びらの数。アスタリスク。ダビデの星etc.・・・。
自然界や、数多の象徴の中に多くみられる「6」という数は、数秘学では愛や調和、美しさやバランスなどを表わすとされます。「生命の樹」では、太陽のいるエネルギーセンターの数字であり、そこはわたしたちの中心・「真我」を発見し、理解するところだと言われています。
対するクモの足の数は、「8」。特に生きもののかたちに、この数字を自然に見つけることは、もしかしたらあまりないかもしれません。
これは横向きにすると「∞=無限大」に見えます。音のオクターブに繋がっている数字でもあり、反響して拡大していくというエネルギー・パワーの法則に関係する数字だとされています。法則・運命・時間を司る土星の数字、ともされ、人間として生きる現実の中で、いかにエネルギーを開放し、その使い方にしっかり取り組んでいくか、そしてそれをちゃんとかたちにしていくか、に関わっています。
そのためか、クモは土星に縁のある生きものとされることがあるようです。西洋では禍々しいイメージをもたれることが多いみたいで、そこからも、長く「凶星」と呼ばれてきた土星に繋げられたのかもしれません。

個人的には、クモには乙女座的なもの、そして冥王星的なものを感じています。
せっせと美しい巣を織る、職人的なところが乙女座。
そして「脱皮」という変化と再生を繰り返す、というところもそうなのですが、女性性・母性の暗黒面の力強さをなんだか感じさせられてしまうところは、とても冥王星的な感じがします。(そういえば、「指輪物語」に登場したシェロブとか、絡新婦(じょろうぐも)とか、物語に登場するクモは女性であることがほとんどのように思います。)

私の空では、今冥王星が、とても力強く語りかけてきています。(参考までに詳しいことを書くと・・・そもそもネイタルがICにコンジャンクションだったのですが、そろそろトランジットがネイタルとスクエア。プログレスの月とトライン。かつネイタルの火星とトライン。ネイタルがトランジットの土星とコンジャンクション・・・。占星術をご存知の方は、かなりインパクトがある感じがお分かりいただけるんじゃないかと思います。)その声を受けとり、応えて、対話していかなければならない時期だな、と感じています。
変化を受け容れること。自分が本当はどう生きたいかに、正直になる勇気を持つこと。奥深くに囚われたままにしていたエネルギーを解放し、再生すること。それをよく使って正しい生計を立て、かたちにしていくこと・・・そうして、どこに生きるのかを再び見定めていくことに取り組んでいくような、そんな時期にきているのではないか、と自覚しています。

そういえば、この間参加していたオーラソーマのクラスの間も(毎朝ボトルを選ぶ、ということをするのですが)、冥王星や、「8」のテーマに関係のあるボトルを繰り返し選んでいました。
小さなクモが置いていってくれた、なんだか不思議できれいなモノは、そんな時期を迎えている私に贈られた御守りなのかもしれません。
大事に持っておこう、という、気分です。

変化し再生するエネルギーの香り
   イランイラン 1滴
   サンダルウッド 2滴
   パチュリ 1滴
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by leaf-child0802 | 2009-09-26 12:40 | 星空のお話 | Comments(0)

風の声

乃木坂の駅から東京ミッドタウンに向かう路の途中に、とっても立派なプラタナスの樹が立っています。
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一見二本の樹に見えますが、もっと根元の方で繋がった一本の樹です。夏には木陰を、葉を落として冬には日だまりをくれる落葉樹。都会の汚れた空気にも強く、多少刈り込まれたぐらいでは枯れないので、街路樹として出会うことが多い樹ですが、ここまで立派なのに会えることはあまりありません。根っこを踏まれっ放しだろうに、ほんとに、立派で素敵です。

葉柄が長くて葉っぱが大きいプラタナスやポプラなどの樹は、風や光とよく唄います。きらきらした木漏れ日と、風の声が降ってくるその心地よい木陰は、古代から人間たちに愛されてきました。
昔の人たちにとって、風は神様の声でした。そんな「神様の声」と一緒になって唄声を響かせるこれらの樹の木陰には、多くの神殿が建てられたといいます。これらの樹はまた、地下深くの水源に向かって根を伸ばす力強さがあり、泉のほとりに立っていることが多いのだそうです。「泉」は、いのちにとって聖なる場所でした。浄化と癒しと再生の場であり、天国や冥界への通り道でもありました。その「境界」の地深くに根を張り、光に向かって手を伸ばして立つ、風に唄う樹々たち。そこを守り、そこを繋いで立つ彼/彼女たちは、太陽/月や、冥王星と結びつけられるといいます。

今夜は、双子座で新月が起こります。双子座は「風」の星座です。そこで太陽と月という相対する二つの「光」が重なります。さらにこの新月は、やはり「風」の星座である水瓶座にあるドラゴンヘッドと、「地」の星座である山羊座にいる冥王星と、ゆるやかにではありますが、それぞれ120度・150度の角度を創ります。
人間の意識が複層的である、ということは、フロイトやユングを持ち出すまでもなく、聞いているよ、という方も多いかと思います。太陽は「意識」を、月は「無意識」を象徴するとされます。それらが重なっている新月の時期は、自分の想いが向かっているところを、クリアに見定めやすいのです。
ドラゴンヘッドとは、「開けられることを待っている扉」のようなもの、とかつてお話したかと思います。その扉を開けることができてこそ展開する何かがあるわけです。その扉(ドラゴンヘッド)を、層を成す意識のそれぞれに宿る光(太陽と月)が、きれいにかたちを描き出す、自然な陰影をともなうように(120度)照らし出している。
扉が開いたような感覚に、なれるかもしれません。外に出られたような、または入りたかったところに入れたような、風が通ったような、もしくは探しものが見つかったような、そんな感覚が、あるかもしれません。
ただそれは、「地」の星座にいる冥王星が省みられることを訴えてもくるので、一気に心が軽くなって、さっとどこかへ行けるような雰囲気のものではないかもしれません。ちょうどここのところは、双子座の支配星である水星が、懸命に流れを遡ってきた時期でもありました。
けれど、「ここにいる」ことと、「どこにも行けない」ことは、同じことでは、ないのです。

風の新月の香り
   ペパーミント 2滴
   レモングラス 1滴
   サイプレス 3滴 
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by leaf-child0802 | 2009-05-24 14:57 | 星空のお話 | Comments(0)

きらきら

昨日はあるシンポジウムに出かけてきました。
「阿修羅のジュエリー キラキラをデザインする人間の力」
上野・国立博物館での展覧会が大変な話題になっている、興福寺の阿修羅像。「天平の美少年」とも呼ばれ、その姿かたちの奇跡のような美しさを語られることが多い仏さまですが、昨日は、纏っているジュエリーに焦点を当てることによって、その奥に籠められている、その先に拡がっている世界を眺めてみよう、といった趣の、興味深い企画でした。
メインを務められたのは、装飾美術史の鶴岡真由美さん。そして、文化人類学の中沢新一さんと、占星学の鏡リュウジさん。見失われることのない一等星クラスのスターが揃った、贅沢な会が開かれたのは、かつては小学校だったと思われる、コミュニティーセンターの一室。関係者も含めて、授業参観の日の教室ぐらいの人数だったでしょうか。アットホームな雰囲気で、リラックスして楽しむことができました。

阿修羅のジュエリー。そこには、シルクロードを凌駕するほど遥かな「ジュエリーロード」を旅している、人間の「光への想い」が、宿っています。
光に憧れるだけでなく、それを自らの手で、思いで、デザインして「ここ」に表そうとするのは、人間の素晴らしい力だ、と鶴岡さんはおっしゃいます。星。花。光。そして光は、いのち。天からさす光。この宇宙に宿っている光。それと、「ここ」にある光の間に、響き合いがあることの、至福。
人間は、境界を設けたがるいきものです。人間の世界。動物の世界。植物の世界。神の世界。故郷と異国。自分と他者。こことそこ。etc. etc. ・・・。それでいて、その境界を越えることを、希求するいきものでもあります。先日、「この世界は相対するエネルギーのバランスで成り立っている」というお話をしました。境界。それは、「繋がっていること」のもう一方ではないかな、と思います。夜の闇にこそ星の輝きを感じるように、境を越えてこそ繋がる悦びを感じるのです。繋がり、響き合い、ひとつになることの至福を、知るのです。

それぞれに、確かなフィールドを持ってらっしゃる御三方。それでいて、それぞれへのレスペクトをしっかりと持って、響き合いを楽しんでいらっしゃるようでした。
中沢さんの視点が、個人的には新鮮でおもしろかった。

阿修羅の香り
   エレミ 2滴
   シダーウッド・アトラス 2滴
   カモミール・ローマン 1滴

香り、といえば、たまたま鏡リュウジさんがお隣に座ってらっしゃったのですが、パチュリーの香りがしました。ちょっと、意外。
   
   
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by leaf-child0802 | 2009-05-17 15:54 | お出かけの記憶 | Comments(0)

いのち永らえるということ

急に蒸し暑くなったせいか、蕁麻疹が出てしまい、病院に行きました。
その道すがらのギャラリーで、素敵な展示をやっていたので、ご紹介します。

「天然木とシルクの織物 boisette 6人展」
西麻布のGallery le bainにて。来週の金曜日(22日)までやっているそうです。

木材を薄く薄くスライスしたものを、ウレタン樹脂などで補強してから糸状にした「木の糸」。これを横糸に、シルクなどを縦糸にして織られた「木の布」。お洗濯はちょっとムリだろうなあ…という感じなので、椅子の張り地だとか、ランプシェードだとか、用途は限られそうですが、美しい木目模様をちゃんと留めている、つややかな布に仕上がっていました。そしてギャラリーは、木のいい香りに、充ちていました。

入口にある大きなシェードは、屋久杉で作られたものなのだそうです。倒れて朽ちていくものを「再生」したのだとか。
朽ちていくのも、木のさだめです。そうして滋養に満ちたよい香りの土となって、またいのちを育んでいくのです。それはとても、美しい姿です。
けれど人間は、そのいのちの永遠の環の中から、時に何かをすくい出してきます。自分たちの「想い」をそこに宿し、留めるために。すくい出された何かは、「想い」の運び手の役割を負うことによって、いのちを「別のかたち」で得ます。そして大切にされることで、永く永く生きていくのです。そのいのちも、やっぱり美しいものです。

大切にされるものを、創ろう。大切にするために、創ろう。大切にしたいから、創ろう。
神様がこの世界を、いのちを創ったのも、そういう想いからだったような気が、しています。

大切に創られたものの香り
   サイプレス 1滴
   ベルガモット 3滴
   マートル 2滴

ギャラリーのすぐ近くで、オリーブの花が満開になっているのにも出会いました。
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モクセイ科のお花は、ビーズみたいでほんとに可愛い。
いのちの再生の象徴、とも呼ばれています。
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by leaf-child0802 | 2009-05-13 14:10 | お出かけの記憶 | Comments(0)

雨の景色たち

ちょっと冷たい雨が続いています。
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↑我が家のおもての道にいる樹です。先日ご紹介したハクウンボクとは葉っぱの存在感や枝の拡げ方、花の付け方は違いますが、花そのものはよく似ています。ぱきぱきした肌の感じも似ているので、やっぱりエゴノキ科なのかな?
あたたかな雨が降り注ぐみたいにつぼみを付けていたので、毎日楽しみに挨拶していたのですが、だいぶ咲き揃ってきました。雨の雫に身を委ねて、ほんとうに降ってくるみたい。滴る雫も、幸せそう。
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↑こちらは六本木ヒルズのけやき坂のケヤキ。しっかりと降った雨に濡れた幹がつやつやと黒くなっています。晴れた日とは趣の異なる、艶やかなコントラスト。世界はほんとうにカラフルです。
たっぷりと濃くてしっとりと深い、「黒」と呼ばれる色が、私はとても好きです。それはたとえば、健康な犬の濡れた鼻や、優しく潤んで賢く輝く瞳の色。種を抱くのを待っている、芳しい土の色。黒を不吉っぽいとか不幸っぽいとかいう理由で、避ける人もいます。人間は、生の続きに死があること以上に、死の続きに生があることを忘れがちだからなのでしょう。でも生き生きと美しい黒は、いつも水の気配をたたえています。いのちの豊かさが、宿っています。
天から水が注ぐ雨の日は、黒を堪能できる日です。

瑞々しい黒の香り
   ベンゾイン 2滴
   フランキンセンス 2滴
   ローズウッド 1滴
   パチュリー 1滴   
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by leaf-child0802 | 2009-05-07 14:27 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

本当に、想っていたこと

ここのところ、「私とお話ししてちょうだい。」と言っている星がいるので、今日はちょっとそのお話です。
先月の中頃から、金星が逆行しています。「逆行」というのは、惑星が、空にいる他の星たちみんなが身を委ねている流れを遡っているみたいに見える現象のことですが、特に珍しいことではありません。金星の場合は8年間に5回(=1年半に1回)のペースで、かつ、8年周期でほぼ同じポイントで「流れを遡る」ことを繰り返し続けます。
「逆行している」惑星というのは、その力を上手く働かせることが出来ない、という風に言われてきています。
そうなのかな?…と思います。逆行期の惑星の力、というのは、とても感じやすいものでもあるからです。
なのでここでは、あえて「流れを遡る」と、表現してみました。「流れを遡る」…ちょっと頑張らないと出来ないことです。流れに委ねて、勢いのままに行けばぐんぐん進めるところを、敢えて、そうしない。とっても、体力がいることです。
それでも、遡ることをするのは、何か大切なものを取り戻しに行くためのような、迎えに行くためのような、そんな気がします。そんな風に、何かを大切に出来る力が備わっていることを確かめるためのような、そんな気もします。そうまでして、共にあることを選んだその「何か」は、きっと本当に大切なものなんだ…そんな気も、します。

金星は「愛」の星です。
何かと関わりを持ちたい。そしてそのよろこびを大切にしたい。そういう「想い」の星です。
その金星が「活動する火」の星座である牡羊座にあります。
惑星はいったん流れを遡ることをすることによって、同じポイントを3度通る、ということをします。今回のその行動によって、この情熱的な金星は、「活動する地」の星座である山羊座にある冥王星と、90度、というドラマティックな関係を3度、結びます。(ちなみにここ数日は、その2度目が結ばれていました。)
火山の噴火のような、感じです。今回金星が流れを遡った先に欲したのは、これだったような感じがあります。

本当に、想っていたこと。ずっとずっと深くに秘めていたけれど、確かにどうしようもなく、想っていたこと。
それをまざまざと体験させようとするような出来事を、迎えるかもしれません。
「火山の噴火」は一見、破壊的です。でもそれは、「本当に、生きている」ということを、もっとも感じることができる、「力の解放」の様でもあります。燃え出づる溶岩はいつか肥沃な大地となり、そこにはやがて深く豊かな森が萌えるのです。

そんな「大地」の景色が眺められるようになるのは、たぶん5月になると思います。だから今は怖れずに、「火山の噴火」の景色を体験していて、大丈夫です。

「本当に、想っていたこと」と向き合うための香り
   イランイラン 2滴
   シナモンリーフ 1滴
   エレミ 2滴
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by leaf-child0802 | 2009-04-04 15:35 | 星空のお話 | Comments(0)