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ことの葉暦

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土星のこと、お話します。

ミニ講座のお知らせです。

奈良市の
いつか森になるカフェさん
2階ワーキングスペースにて、
「土星のお話の会」を開催します。

☆自然にならって生きることに役立つ
 西洋占星術の世界観
☆土星のプロフィール
☆土星と親しみやすいように衣食住を彩る
 アイディア
(色・布・アロマ・ハーブ・食材etc.)

…について、お話をします。



12月20日に「本来の座」へと還り、
星空の主役になる土星。

「大切なものを大切にする力」を目覚めさせてくれる
厳しいけれど誠実な、
「よき教師」と呼ばれるべき星です。

そんな土星に、
気後れせずにしっかりとならうことができれば、
私たちは
愛についての責任を
幸せについての責任を
しっかりと果せるようであれることでしょう。



11月15日(水)
10:30~12:00
2500円(土星のハーブティー付き)

お問い合わせ・お申し込みは、

いつか森になるカフェさん
tel:0742-31-8433
(facebookページはこちら→
…まで

美しい秋の奈良で、お会いできましたら幸いです。

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by leaf-child0802 | 2017-10-23 10:35 | Information | Comments(0)

メランコリア

女に生まれてよかった、と思う機会は多々ありますが、そのささやかなひとつが、映画のレディースデー。
先週のその日は大雪だったこともあり、今週のその日を待ちかねるようにして、朝イチで行ってきました。

「メランコリア」
監督は、ラース・フォン・トリアー。
主人公の姉妹を、キルスティン・ダンストと、私の憧れの女性の一人、シャルロット・ゲンズブールが演じています。



メランコリア。
憂う、という質。
土星の質、とも、哲学者の質、ともされます。
すなわち、
ほんとうであることの、探究者であり、守護者。



そんな名の星が、地球に接近し、hitするまでの、物語。



星たち、というのは、
自ら動力を持っている、という故ではなく、
互いに引かれ合う、その力のバランスによって、道をさだめ、歩んでいくもの。
メランコリアは、地球よりも相当に大きな星、で、
質量が大きいほど、引力は強いので、
ほんとうのところは、
衝突、というのではなくて、
地球の方が、最終的にメランコリアに引きつけられて、その許へと墜ちていく…ということになるのでしょう。

メランコリアは、ペールブルーの、なんとも美しい星なのです。



そもそもが感受性の強い人だったのでしょう。
心なく猥雑なsocietyで、socialな人として生きることに疲れていた、キルスティン演じるジャスティン。
自分のwedding partyで、とうとう耐えることができなくなってしまいます。

そうして、仕事もパートナーも失い、
眠ることの、食べることの、笑うことの、深呼吸することのよろこびさえも失って、弱りきったジャスティンを、家に招きいれ、辛抱強く気遣い続ける、シャルロット演じる姉のクレア。

そこに近づいてくる、メランコリア。

幼い息子のレオを抱きながら、さだめの悲しさに耐えきれず、取り乱してしまうクレア。

一方で、泰然としているかのようでいる、ジャスティン。



失うことがない、ということの強さ。
失うものがない、ということの強さ。
同じようにも見えますが、
このふたつは、違うこと。
一方には、希望。
一方には、絶望。

だから、失うものがある、ということの強さや美しさ、というのも、あるのです。

人類滅亡、ではなく、地球滅亡、の物語。

幼い甥のレオを抱きしめた時、失うものをとっくに失ってしまったようだった故に泰然とするようでいたジャスティンの顔にも、悲しみが滲みます。



その時がくるのなら、泰然と迎えたい…と、泰然と迎えるだろう…と、思っていました。
死のさだめは、怖くないし悲しくない…と。

地球が墜ちて壊れても、
そのどんなに微細なかけらも、必ずまた星になる。
そらには、星々の光が、ある。

だけど、

もうここに、花も咲かず、樹々も芽吹かないのだとしたら、
小鳥も波も歌わず、虹もかからないのだとしたら、
私はその時がくることを、悲しまずにはいられないだろう…と、気付きました。

私は、そんなにも、この碧い地球が好きだったんだな、と、あらためて、気付いたのでした。



メランコリアの香り
   サイプレス 3滴
   スパイクナード 1滴
   サンダルウッド 1滴
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by leaf-child0802 | 2012-03-10 09:16 | お出かけの記憶 | Comments(0)

時の数え方

実は昨日が、誕生日でした。
祝ってくださった皆さん、ありがとうございます。

占星術には、「ソーラーリターン」という技法があり、
それは、出生時の太陽の位置に運行中の太陽が還ってきた時の空模様が、
その歳の模様を映している、というもので、
すなわち、誕生日の頃、というのは、
自分がどのようなエネルギーの流れにいるのかをあらためて捉え直すタイミング、になるワケで、
だから、誕生日を全く過ぎるままにしておく、というコトは、まあ、ないのですが。

「こんな歳だなんて、実感わかないね・・・。」
・・・と、年子の弟や、地元の同級生たちと、共感したりしていたのでした。
祝ってもらえることで、思い出し、実感する機会を得る・・・誕生日とは、そういうものに、なってきました。

先日電撃結婚!で世間を驚かせた及川光博さん&壇れいさんが「人生を半分生きたタイミングで・・・」というようなことをおっしゃっていましたが・・・。
お二人とはほぼ同世代(ほんの少し下だけれど)の私。
日本女性の平均寿命は世界一、ということで、そこから計算すると、まだ半分は生きてないらしいのだけれど、でもそれなりに、ある程度積み上がった「時」があるような気にすっかりなってくるのが、この年頃。
それだけに、自分の歳を数えては、「積み上がった!!」ということにエキサイトするようなことは、なくなってきました。

歳を数えることに、思い入れがなくなってきたんだな、と思います。



たとえば、「学齢期」とか、「お年頃」とか。
皆が歩調を合わせて、
なんとなく「せーの」で時を&歳を重ねることが当然のようにされていたりすることがあって、
ひとつ歳を重ねると、
→これだけできることが増えるでしょう
→これだけ大きくなれるでしょう
→それが、人生をきちんと歩めているということです
・・・という指標が、掲げられていたりもしたものだけれど。

時を&歳を重ねるとは、そういう風になされるものではないらしい・・・ということが、だんだんみえるようになってきますよね。

若年=未熟、でも、
老年=成熟、でもないですし・・・ね。



時の歩み、というのは、気まぐれでも怠惰でもあってはいけないものですが。
かといってそれほど「お固い」だけのものでもない。
なんといっても、時は「流れる」ものなのですから・・・。

それぞれのリズムがあり、それぞれのペースがある。

ひとつしか歳の違わない弟は間もなく3児の父に。
かつての同級生たちには、妻や母としての役割を担っているコもいれば、
独り身ならではの贅沢さと厳しさと丁寧さをもって、日々を生きているコもいます。

それぞれのリズムがあり、それぞれのペースがある。
不自然なことではなく、自然なことです。



やさしいだけでも、きびしいだけでもない、
緩やかなだけでも、激しいだけでもない、
一様のようでいて、多様でもある。
ただひとつ変わらないのは、わたしたちがそれに寄り添って歩むことを、いつだってwelcomeでいてくれていること・・・。

時、とは、そういうものなのではないでしょうか
その、頼りがいのある豊かさに、感謝。



時の香り
   パイン 1滴
   サイプレス 1滴
   モミ 1滴
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by leaf-child0802 | 2011-08-03 14:37 | 素敵なものたちのこと | Comments(2)

The Power of Gratitude

またまたの、なでしこネタ・・・。

国民栄誉賞が正式に決まったとか。

この話が出た時、「政治利用だ。」との批難が間髪いれずに起こったのは、政治家をみんなが素直に信じることができていないんだな、ということを、まざまざと感じさせましたが・・・。
ポジティブなエネルギーをいっぱいくれたなでしこたちを、素直に讃え、感謝したい。
そんな自然な流れなんだ、と、信じたい、ですよね。



ちょっと戸惑いつつも、「女子サッカーの発展のために」と、応えるなでしこたち。
「栄誉」に有頂天になることなく、しっかり次に果たすべきことを見据えようとするなでしこたち。

好きなことができること・・・そのことへの感謝が、そこにはあるように、感じられました。
そして、
好きなことに献身できること、
好きなことを通して献身できること
・・・のよろこびがあるように、感じられました。



大学時代、民俗学、という、俗な言い方をすると「お金にならない」学問で身を立てることができたある先生が、こんなことをおっしゃっていたことを、覚えています。
「わたしたち成功できた民俗学者は、同じ道を志した百人の亡霊を背負っているようなものです。」
もちろん、努力だってあった。才能だってあった。
でも、それだけじゃなかった。
・・・そのことを知っているからこその、謙虚さや、使命感や、感謝の気持ち。
私、だけじゃないんだ、という、意識。

そこにそれがあるからこそ、ほんとうに、誰かのために、何かのために、なれる。
その健やかな力強さ。
素敵です。



このなでしこフィーバー。
大変なこともあるんだろうな、と思いますが、
なでしこたちが、健やかに力強く、果たすべきことを果たせるように、祈っています。

感謝の力強さの香り
   マンダリン 3滴
   クローブ 1滴
   ミルラ 1滴
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by leaf-child0802 | 2011-08-02 18:32 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

追悼 原田芳雄さん

先程、休憩がてらにテレビをつけたら、原田芳雄さんの告別式の模様が流れていました。

実は原田さん、先日このブログでお話したドラマ「高校生レストラン」で、主演の松岡昌宏さんのお父さんで、お寺の住職さん、という役を、務められていました。
それがまた、とっても素敵で・・・。

「家業は継がない。自分が思い定めた道で一人前になるまでは、帰らない。」
・・・そうして出ていった息子が、帰ってきた。
当然、父と子の間には、解かなければいけない緊張が、ある。
ましてや、「ウソがない」ゆえの不器用さ、はそっくりな、父と子。

そんな父と子が、だんだんと打ち解けていく様子は、ドラマの大きな楽しみのひとつでもありました。
それが唐突に、いつ戻るとも知れぬ旅(行き先はヒマヤラ!)に出た、というかたちで、原田さん演じるお父さんは、手紙だけの出演になってしまったのです。
もしかしてお身体を悪くされたのでは・・・と気にかかっていました・・・。
そうしたら、やはり・・・。



間違いなく、「かっこいいオヤジ」の代表のひとりであった、原田さん。
「かっこいいオヤジ」でいるための条件のひとつは、「少年のようであること」でしょう。
いつまでも感性に若さが保たれていること。
社会の枠にとらわれきっていないこと。
「アウトロー」と呼ばれ、俳優業にとどまらずたくさんのことをまっすぐに楽しまれ続けた原田さんは、ある意味、まさに「少年のよう」でした。

「少年のよう」であることを、
若さゆえに許されることを許され続けるために利用している人や、
熟成することに反抗することへの言い訳として利用している人もいるけれど・・・。
熱いばっかりのまんまで、周りの人がつい手を引っこめたり、飛び退いたりしてしまうような人もいるけれど…。

原田さんは、少年のようであると共に、ちゃんと洗練され、熟成された、ほんとに「かっこいいオヤジ」だったように、思います。
「高校生レストラン」のお父さん、ほんとうを知っていて、とても懐の深い、近くにいたくなるようなあたたかい感じが、ちゃんとしたもの・・・。

よい俳優さんでした。
どうぞ、安らかに・・・。



かっこいいオヤジの香り
   サイプレス 2滴
   マジョラム・スイート 1滴
   ライム 1滴
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by leaf-child0802 | 2011-07-22 13:26 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

神さまの通り道

いまだに地デジ化されていない我が家のテレビ…。
実は、録画機器の類も、もうずっと、無いまま。
「観られないなら、それはそれで、まあいっか。」
…と、あっさり、思っています。

そんな私が、最近欠かさず観ているドラマがあるのです。
「高校生レストラン」
主演の松岡昌宏さんのファン、というのが、観始めた動機なのですが、
安心して観ていていいんだな、
ほっとしていいんだな、
…と感じられる、ドラマです。

ある板前の青年が、故郷の町役場で働く親友に請われて、母校に教師として帰ってくるところから物語は始まります。
彼に託されたのは、町興しのために企画された、調理クラブの生徒たちによる「高校生レストラン」の、指導顧問の役目。

料理人としては、一流。
ただ、その実直さは、教師としては、社会人としては、人間としては、不器用、といえるほど。
だけど、「誤魔化すこと」のない彼の周りには、やがて「信頼」の輪が、育っていきます。

偉い人でなければならない、とか、
偉い人でありたい、とか、
偉い人だと思われたい、とか、
「教師的」であろうとすると、時にとらわれてしまう思いに、彼は拘りがありません。
そんな彼ですから、生徒にも素直に、あやまれたりもする。
そもそもは、板前。
欲して教師の立場を、手に入れたのではなく、
差し出された教師の役目を、ただ引き受けた・・・
そうして現場に立たされて初めて、彼は一生懸命考え始めます。
「自分にほんとうにできることはなんだろう」・・・と。
そうして、生徒と共に、成長していきます。

散らかり放題の厨房で、きゃっきゃとおしゃべりしながら料理をしていた生徒たちに、
まず彼が教えたのは、食材を、道具を、作業のひとつひとつを、大切にすることでした。
食べるものをつくる、ということに敬意を持つことを、教えたのです。
「立派なこと」を語るのではなく、
職人らしく、
自分の行動と経験を通して、「大切なこと」を、彼は伝えていきます。



あるもの(者・物)が伝えてくれた何かが、
ふっと、
解いてくれた。
拡げてくれた。
通してくれた。
そんな感覚を持てることがあります。
伝えてくれた相手は、日頃から親しく結びついているものであることもあれば、ふとした、一瞬の交わりを持っただけのものであったりもするのですが、
いずれにせよ、一期一会の、奇跡のような瞬間だったんだな、と思える、そんなことが、人生を歩んでいると、あるものです。
そしてそれは、導き、であったり、道しるべ、になったり、するものです。

そんな瞬間に気付く時、私はいつも、思うのです。
ああ、神さまの通り道が、できていたんだなあ…
あれが、あの人が、神さまの通り道に、なってくれたんだなあ…と。

神さまの通り道になる。
誰かにとって、何度でも、通り道になれる、なってくれる…そんな存在のことを、もしかしたら「師」と、いうのかもしれない…そんな風に、思います。



「高校生レストラン」は、今度の土曜日が、最終回。
Can't miss it !!・・・なのでした。

「師」の香り
   クラリセージ 1滴
   サイプレス 2滴
   モミ 2滴
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by leaf-child0802 | 2011-06-26 12:32 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

かなしや

あっという間に、ゴールデンウィーク…。
新芽たちも、赤ちゃんから、すっかりしっかりとした若者になっています。

歩待たないのが、時(クロノス)。

人にとっては、歩み続けることが、とても苦しく、難しく感じられることもある。
けれども、歩み続けなければ、
いくべきところへはいけない。
かえりたいところへはかえれない。

何があっても、確実に歩み続けるクロノスの姿を心に留めること。
苦難の中で、導きとなること、のように思います。

昨日は、震災から四十九日でした。
時を数える。
やらなければならないことを、忘れないでできるように…。
厳しいこと、であるかもしれないけれど、
生き続けるものたちにとって、
歩み続けるものたちにとって、
大切な智恵であるように、感じました。



四十九日。
大切なものを失った人にとっては、
短いような、長いような。
ただ、
時の流れが悲しみを、丸くなめらかに磨き上げるには、まだまだ
…きっとそうでしょう…。

「喜怒哀楽」
人の感情の基本的なものを、そんな風に表わしますが…。
「かなしみ」は、他の3つとちょっと違うような、そんな気がするのです。
ほんとうの「かなしみ」は、
他の3つとは比べものにならないくらいに、
「大切なもの」がある、ということに、
「愛するもの」がある、ということに、
とてもとても親密に結び付いている…そんな気がするのです。

「かなしい」…
「哀しい」と書きます。
「悲しい」と書きます。
そして、「愛しい」とも書きます。
悲しいことと、愛しいことは、同じ音・同じ響き、なのです。

「愛(かな)しい」…
辞書でひくと、
「”しみじみと、いとしい感じがする”の雅語的表現」
…と書いてありました。
例えば、古文の授業で、枕草子なんかで、習ったなあ…と思い出される方が、多いかもしれませんね。

奄美には、今もよく唄われているシマ唄に、
「行きゅんにゃ加那(かな)」という唄があります。
「愛しい人よ、行ってしまうのですか…?」
その「かなしみ」を、唄う唄です。
また、「なつかしゃかなしゃ」という言葉があります。
ほんとうに、心いっぱいに染み透るように、
懐かしくて愛おしい、という感情を、覚えること。



わたしたちが、どうしようもないくらいに「かなしく」なるのは、
「いとしい」と、どうしようもなく、感じられているからこそ。
それは、とても苦しいことかもしれない。
けれど、不幸せなことでは、決してない…そんな風に、思うのです。



「かなしゃ」の香り
   ベルガモット 2滴
   フランキンセンス 1滴
   サイプレス 1滴   
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by leaf-child0802 | 2011-04-29 11:44 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

腑に落とす

昨日、一昨日、ほうれん草を食べました。
群馬県産。
昨日は、シンプルなおひたし。釜揚げシラスとおかかを添えて。
一昨日は、ガーリック風味のソテー。3種のキノコと一緒に。
美味しく頂きました。

放射能汚染、といっても、
それこそ尋常でない食べ方をしないと健康に影響は出ない、というレベル、
だそうですし、
私たちの身体は、放射性物質だってちゃんと排泄できる、ということですし、
それに、めぐって来てくれたいのちを捨ててしまうなんて、やっぱり私にはできない・・・。

電気・ガソリンを始め、これまでのように手に入らない・使えないというものが多い不安と苦労がありながらも、
一生懸命お世話し、育てたいのちたちが、
誰のいのちも養うことなく捨てられてしまうなんて、
農家・酪農家の方たちの悲しみは、どれほどであることか・・・。

とはいえ、
食はいのちに深く関わること。
いのちを大切に守るためにされた「捨てる」という決断なのなら、
それだって、もちろんきっと、正しい。

・・・のだけれど・・・

ただ…(続く)
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by leaf-child0802 | 2011-03-22 10:15 | 素敵なものたちのこと | Comments(2)

その日を、覚えておこう。

昨日は唐突に季節が進んで、ものすごく暖かかった・・・。ソメイヨシノの花びらたちが、風に盛んに舞うようになりました。
一方で、ことの葉があるマンションの前にいるエゴノキの新芽が、可愛い盛りを迎えています。
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そして↓こちらは六本木ヒルズのケヤキ坂の楠の新芽です。
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ちょうど私の顔の高さぐらいのところで、きらきらしていたので、話しかけずには、いられなかったのです。

一転して薄暗く、雨が降り始めた今朝。
一緒にお部屋で暮らしているフクギ(奄美の樹)の子供(ちなみにティダ=奄美の言葉で太陽、と名付けています。)の天辺から、新たな芽が顔を見せ始めているのに気付きました!!
写真を撮ったのだけれど、そのベビーグリーンの気配は、識別するには親バカの眼が必要な微かさにしか写っていないので、もうちょっと大きくなったら、またご紹介しますね・・・。

昨年このコに新芽が出たのは、聖ヨハネの日の頃=夏至の頃でした。今年は花祭り(=お釈迦さまの誕生日)の前の日。2カ月以上も早い!
東京の冬を越すのも2度目。こちらの土に、根付いて馴染んでくれた証なのかな、と思いつつ。
このところ、節目、というか、転換点、というか、そういうところを通ったな、という気がしている私。なにかすとんとクリアになったような、道を見通せたような、そうして、フォーカスができているような、そんな感覚があるのです。
時を同じくした、芽吹き。なんだか照応してくれているような、気もします。
いずれにせよ、とてもうれしい。ほんとうに、心強い家族です。

明日は、花祭り。お釈迦さまのお誕生日とされる日です。
キリスト(=メシア/救世主の意味です。)のように、「世界を救ってくれる」という約束や期待のもとに生まれたワケではなかったからでしょうか、クリスマスほどには、人々の暮らしの中でお祝いすることにはなってこなかった花祭り。むしろクリスマスより、日本人にとっては、季節感と相まって、「お祝いする気分」に自然となれそうなものなのになあ・・・とも思ったりするのですが。

お誕生日、というのは、流れてゆく日々を均質なものにしないために、覚えておこうとするものでもあるのではないかな、と思います。特別な日、と思うことで、もしかしたらつい忘れてしまっているかもしれない「大事に日を過ごす」ということを、思い出す機会になるのではないかな、と思うのです。

今年の花祭りの頃は、もしかしたら、覚えておきたくなるちょっと特別な日、になるかもしれません。
そんな気配の、星模様です。
キロンが、魚座へ移動します。
逆行中の土星が、乙女座へ戻ります。
冥王星が、山羊座で逆行を始めます。
遠くにいて、長い時間をかけて歩みを進めていく星たちが、ほとんど差がないタイミングで、節目、のようなところを通るのです。

もし今、「気になる。」と思うようになったことがあったなら、大事にしてみると、いいんじゃないかな、と思います。

そうして始まるのは、内省の時、かもしれません。
内へ内へ。「密」になっていくような感覚が、あるかもしれません。
けれども、そこを通り抜けた先には、果てしなさがあります。
その果てしなさは、私たちを途方に暮れさせるようなものでは、きっとないでしょう。

花祭りの星空の香り
   サイプレス 2滴
   ローズウッド 1滴
   サンダルウッド 1滴
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by leaf-child0802 | 2010-04-07 15:24 | 星空のお話 | Comments(0)

しのぶれど

明日は、満月です。

東京で、ソメイヨシノの開花宣言があったのが、ちょうど一週間前。
ご存知のとおり、開花から満開までは、だいたい一週間です。
・・・ということは、
「満月の月明かりの下で、満開の桜が観られるなんて、ちょっと贅沢すぎやしないかしら?!」
・・・なんて、思っていたのだけれど・・・。

何を思ったのか、踵を返さないといけない気になったようなのです。寒波が。
今日もさっき外に出たみたら、息が白かったりしたんですが。
昨日がまた、真冬でもしょっちゅうはないぐらいの、寒さだったのです。

そんな昨日は、用事で吉祥寺まで出かけないといけないと、前から決まっていた日でした。
吉祥寺といえば、そう、井の頭公園。
都内有数の、桜の名所。
多くの学生が、その同じ沿線に暮らしている大学に通っていたので、いろいろと思い出があるところでもあります。
終電で集合して、徹夜でお花見したことも、ありました。(若気の至りのひとつ、ではありますが・・・。ちなみに今は22時以降のお花見は禁止されているそうです・・・。)
もしかしたら、そんな懐かしい花景色に再会できる、絶妙のスケジュールになっているのでは?!と、ちょっと楽しみには、していたのです。

普段は、人がたくさん集まるところは、なるべく避けながら生活している私。
だけど、せっかくの桜を観ないなんて、CMで引用されている川端康成の一節ではないですが、「春の義理が果たせない」というものでしょう!
・・・と、少し早めに家を出ることにしました。

順調であれば、見ごろを迎えていることが期待されもした桜でしたが・・・
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こんな感じでした・・・。
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まだ秘めてないといけないのね、と、耐えているような・・・。
けれどもやっぱり、湧き出でようとするものは止めようもないようで、そこはかとなく桜色が、辺りに染みてはきています。
「しのぶれど、いろにでにけり」でしょうか。
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↑奥まった、ちょっとひっそりとしたあたりが、一番咲き揃っていました。

誇らかに、明らかに、高らかに、春の成就をうたうには、あと少ししのばないといけないようです。

一方、この満月から月が欠けてゆく2週間ほどの星空のエネルギーのもとでは、「しのんで」いることは、あまりしていられないのではないかな、と思います。
望むもの。欲するところ。
妥協なく、それらに向かい、確実に、かたちにしようとするエネルギー。
そしてそれらを、ためらうことなく、手にしようとするエネルギー。
そんなエネルギーたちが、外へと出ていこうとしている気配がしています。
貪欲、という言葉は、あまり聞こえがよくないですが、大きく花開こうとするなら、旺盛に欲することをしておく段階も、ないといけないのかもしれません。
そんな段階にいることになりそうな、時期みたいです。

しのんでばかりは、いられない香り
   パイン 3滴
   シナモンリーフ 1滴
   カルダモン 2滴

この満月からの2週間の、十二星座別メッセージはこちらへどうぞ。 
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by leaf-child0802 | 2010-03-29 14:25 | 星空のお話 | Comments(0)