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ことの葉暦

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時の数え方

実は昨日が、誕生日でした。
祝ってくださった皆さん、ありがとうございます。

占星術には、「ソーラーリターン」という技法があり、
それは、出生時の太陽の位置に運行中の太陽が還ってきた時の空模様が、
その歳の模様を映している、というもので、
すなわち、誕生日の頃、というのは、
自分がどのようなエネルギーの流れにいるのかをあらためて捉え直すタイミング、になるワケで、
だから、誕生日を全く過ぎるままにしておく、というコトは、まあ、ないのですが。

「こんな歳だなんて、実感わかないね・・・。」
・・・と、年子の弟や、地元の同級生たちと、共感したりしていたのでした。
祝ってもらえることで、思い出し、実感する機会を得る・・・誕生日とは、そういうものに、なってきました。

先日電撃結婚!で世間を驚かせた及川光博さん&壇れいさんが「人生を半分生きたタイミングで・・・」というようなことをおっしゃっていましたが・・・。
お二人とはほぼ同世代(ほんの少し下だけれど)の私。
日本女性の平均寿命は世界一、ということで、そこから計算すると、まだ半分は生きてないらしいのだけれど、でもそれなりに、ある程度積み上がった「時」があるような気にすっかりなってくるのが、この年頃。
それだけに、自分の歳を数えては、「積み上がった!!」ということにエキサイトするようなことは、なくなってきました。

歳を数えることに、思い入れがなくなってきたんだな、と思います。



たとえば、「学齢期」とか、「お年頃」とか。
皆が歩調を合わせて、
なんとなく「せーの」で時を&歳を重ねることが当然のようにされていたりすることがあって、
ひとつ歳を重ねると、
→これだけできることが増えるでしょう
→これだけ大きくなれるでしょう
→それが、人生をきちんと歩めているということです
・・・という指標が、掲げられていたりもしたものだけれど。

時を&歳を重ねるとは、そういう風になされるものではないらしい・・・ということが、だんだんみえるようになってきますよね。

若年=未熟、でも、
老年=成熟、でもないですし・・・ね。



時の歩み、というのは、気まぐれでも怠惰でもあってはいけないものですが。
かといってそれほど「お固い」だけのものでもない。
なんといっても、時は「流れる」ものなのですから・・・。

それぞれのリズムがあり、それぞれのペースがある。

ひとつしか歳の違わない弟は間もなく3児の父に。
かつての同級生たちには、妻や母としての役割を担っているコもいれば、
独り身ならではの贅沢さと厳しさと丁寧さをもって、日々を生きているコもいます。

それぞれのリズムがあり、それぞれのペースがある。
不自然なことではなく、自然なことです。



やさしいだけでも、きびしいだけでもない、
緩やかなだけでも、激しいだけでもない、
一様のようでいて、多様でもある。
ただひとつ変わらないのは、わたしたちがそれに寄り添って歩むことを、いつだってwelcomeでいてくれていること・・・。

時、とは、そういうものなのではないでしょうか
その、頼りがいのある豊かさに、感謝。



時の香り
   パイン 1滴
   サイプレス 1滴
   モミ 1滴
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by leaf-child0802 | 2011-08-03 14:37 | 素敵なものたちのこと | Comments(2)

The Power of Gratitude

またまたの、なでしこネタ・・・。

国民栄誉賞が正式に決まったとか。

この話が出た時、「政治利用だ。」との批難が間髪いれずに起こったのは、政治家をみんなが素直に信じることができていないんだな、ということを、まざまざと感じさせましたが・・・。
ポジティブなエネルギーをいっぱいくれたなでしこたちを、素直に讃え、感謝したい。
そんな自然な流れなんだ、と、信じたい、ですよね。



ちょっと戸惑いつつも、「女子サッカーの発展のために」と、応えるなでしこたち。
「栄誉」に有頂天になることなく、しっかり次に果たすべきことを見据えようとするなでしこたち。

好きなことができること・・・そのことへの感謝が、そこにはあるように、感じられました。
そして、
好きなことに献身できること、
好きなことを通して献身できること
・・・のよろこびがあるように、感じられました。



大学時代、民俗学、という、俗な言い方をすると「お金にならない」学問で身を立てることができたある先生が、こんなことをおっしゃっていたことを、覚えています。
「わたしたち成功できた民俗学者は、同じ道を志した百人の亡霊を背負っているようなものです。」
もちろん、努力だってあった。才能だってあった。
でも、それだけじゃなかった。
・・・そのことを知っているからこその、謙虚さや、使命感や、感謝の気持ち。
私、だけじゃないんだ、という、意識。

そこにそれがあるからこそ、ほんとうに、誰かのために、何かのために、なれる。
その健やかな力強さ。
素敵です。



このなでしこフィーバー。
大変なこともあるんだろうな、と思いますが、
なでしこたちが、健やかに力強く、果たすべきことを果たせるように、祈っています。

感謝の力強さの香り
   マンダリン 3滴
   クローブ 1滴
   ミルラ 1滴
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by leaf-child0802 | 2011-08-02 18:32 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

追悼 原田芳雄さん

先程、休憩がてらにテレビをつけたら、原田芳雄さんの告別式の模様が流れていました。

実は原田さん、先日このブログでお話したドラマ「高校生レストラン」で、主演の松岡昌宏さんのお父さんで、お寺の住職さん、という役を、務められていました。
それがまた、とっても素敵で・・・。

「家業は継がない。自分が思い定めた道で一人前になるまでは、帰らない。」
・・・そうして出ていった息子が、帰ってきた。
当然、父と子の間には、解かなければいけない緊張が、ある。
ましてや、「ウソがない」ゆえの不器用さ、はそっくりな、父と子。

そんな父と子が、だんだんと打ち解けていく様子は、ドラマの大きな楽しみのひとつでもありました。
それが唐突に、いつ戻るとも知れぬ旅(行き先はヒマヤラ!)に出た、というかたちで、原田さん演じるお父さんは、手紙だけの出演になってしまったのです。
もしかしてお身体を悪くされたのでは・・・と気にかかっていました・・・。
そうしたら、やはり・・・。



間違いなく、「かっこいいオヤジ」の代表のひとりであった、原田さん。
「かっこいいオヤジ」でいるための条件のひとつは、「少年のようであること」でしょう。
いつまでも感性に若さが保たれていること。
社会の枠にとらわれきっていないこと。
「アウトロー」と呼ばれ、俳優業にとどまらずたくさんのことをまっすぐに楽しまれ続けた原田さんは、ある意味、まさに「少年のよう」でした。

「少年のよう」であることを、
若さゆえに許されることを許され続けるために利用している人や、
熟成することに反抗することへの言い訳として利用している人もいるけれど・・・。
熱いばっかりのまんまで、周りの人がつい手を引っこめたり、飛び退いたりしてしまうような人もいるけれど…。

原田さんは、少年のようであると共に、ちゃんと洗練され、熟成された、ほんとに「かっこいいオヤジ」だったように、思います。
「高校生レストラン」のお父さん、ほんとうを知っていて、とても懐の深い、近くにいたくなるようなあたたかい感じが、ちゃんとしたもの・・・。

よい俳優さんでした。
どうぞ、安らかに・・・。



かっこいいオヤジの香り
   サイプレス 2滴
   マジョラム・スイート 1滴
   ライム 1滴
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by leaf-child0802 | 2011-07-22 13:26 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

神さまの通り道

いまだに地デジ化されていない我が家のテレビ…。
実は、録画機器の類も、もうずっと、無いまま。
「観られないなら、それはそれで、まあいっか。」
…と、あっさり、思っています。

そんな私が、最近欠かさず観ているドラマがあるのです。
「高校生レストラン」
主演の松岡昌宏さんのファン、というのが、観始めた動機なのですが、
安心して観ていていいんだな、
ほっとしていいんだな、
…と感じられる、ドラマです。

ある板前の青年が、故郷の町役場で働く親友に請われて、母校に教師として帰ってくるところから物語は始まります。
彼に託されたのは、町興しのために企画された、調理クラブの生徒たちによる「高校生レストラン」の、指導顧問の役目。

料理人としては、一流。
ただ、その実直さは、教師としては、社会人としては、人間としては、不器用、といえるほど。
だけど、「誤魔化すこと」のない彼の周りには、やがて「信頼」の輪が、育っていきます。

偉い人でなければならない、とか、
偉い人でありたい、とか、
偉い人だと思われたい、とか、
「教師的」であろうとすると、時にとらわれてしまう思いに、彼は拘りがありません。
そんな彼ですから、生徒にも素直に、あやまれたりもする。
そもそもは、板前。
欲して教師の立場を、手に入れたのではなく、
差し出された教師の役目を、ただ引き受けた・・・
そうして現場に立たされて初めて、彼は一生懸命考え始めます。
「自分にほんとうにできることはなんだろう」・・・と。
そうして、生徒と共に、成長していきます。

散らかり放題の厨房で、きゃっきゃとおしゃべりしながら料理をしていた生徒たちに、
まず彼が教えたのは、食材を、道具を、作業のひとつひとつを、大切にすることでした。
食べるものをつくる、ということに敬意を持つことを、教えたのです。
「立派なこと」を語るのではなく、
職人らしく、
自分の行動と経験を通して、「大切なこと」を、彼は伝えていきます。



あるもの(者・物)が伝えてくれた何かが、
ふっと、
解いてくれた。
拡げてくれた。
通してくれた。
そんな感覚を持てることがあります。
伝えてくれた相手は、日頃から親しく結びついているものであることもあれば、ふとした、一瞬の交わりを持っただけのものであったりもするのですが、
いずれにせよ、一期一会の、奇跡のような瞬間だったんだな、と思える、そんなことが、人生を歩んでいると、あるものです。
そしてそれは、導き、であったり、道しるべ、になったり、するものです。

そんな瞬間に気付く時、私はいつも、思うのです。
ああ、神さまの通り道が、できていたんだなあ…
あれが、あの人が、神さまの通り道に、なってくれたんだなあ…と。

神さまの通り道になる。
誰かにとって、何度でも、通り道になれる、なってくれる…そんな存在のことを、もしかしたら「師」と、いうのかもしれない…そんな風に、思います。



「高校生レストラン」は、今度の土曜日が、最終回。
Can't miss it !!・・・なのでした。

「師」の香り
   クラリセージ 1滴
   サイプレス 2滴
   モミ 2滴
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by leaf-child0802 | 2011-06-26 12:32 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

届け!

地震から2週間半。
なくなっていたものが、いろいろあった東京ですが、
戻ってきたものが、多く目につくように、なってきました。

緩みそうになる気持ちと、休まらない気持ちの、アンバランスさを、感じてしまう日々です。

そんな中、伝わってきた、福島第一原発で働く方々の、絶句するような過酷な状況は、やっぱりどうしてもショックでした…。

「あなただけが頼りです。どうか、頑張って…。」
みんなが、心から、懸命に、願っている…。
その願いを引き受けて、
義務を、使命を背負って、働き続ける人たち…。

感謝されること、だとか、讃えられること、なんかへの期待なんて、
とっくのとっくの昔に、放っておられることでしょう…。

ほんとうに、ほんとうに、「ありがとう」って、
いっぱい、いっぱい、伝えたい。

ああ、どうやったら、届くだろう…。

ふと、原発への放水のために出動したハイパーレスキューの隊員たちを、
「すまなかった。ほんとうにありがとう。」
…と、涙ながらにねぎらった、石原都知事の姿を思い出しました。
「天罰」発言なんかもしちゃった彼ですが、
少なくとも、この時の彼は、人々を代表する役目の人として、正しかった…ちょっとそんな風に、思いました。
(もっとも、来月の都知事選で彼に投票するかは、また別の話ですけれど。)

たくさんの人が、
自分ができること、自分がすべきこと、を、
ただただ、一生懸命やっている。
惜しみなく「ありがとう」を言おう、と、強く思います。
大気に、「ありがとう」が、ゆき渡っていくように…。

期待することのなかった「報われること」のよろこびを、
彼らが受けとることができる日が、きますように…。

ありがとうの香り
   ローズウッド 1滴
   マジョラム・スイート 1滴
   グレープフルーツ 1滴
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by leaf-child0802 | 2011-03-29 13:02 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

祈り

とてもとても、悲しくて苦しい状況が続いています・・・。

自分には、祈ることしかできない、と、もどかしさを感じ、
そして、そのもどかしさを苦しく感じていらっしゃる方も、多いことでしょう。

でも、祈りには、力があります。
だから、祈り続けましょう。

ただ、ひとつ、気に留めていていただければな、と思うことがあります。
「お祈り」は、「お願い」ではない、ということです。

祈り、とは、
神さま、とか、世界、とか、自然、とか、愛、とか、ハイヤーセルフ、とか
whatever・・・との、
信頼や、繋がりを、
メンテナンスする、とか、ケアする、とか、
そういうこと、です。

それは、閉めていた窓や扉を開け放つことに似ています。
そうして、
入ってくることを、
出ていくことを、
通ることを、
ゆるすこと。

大切な何かとの信頼や、繋がりが、ちゃんとメンテナンス・ケアできた後の心は、
静穏で、清澄です。

そんな心には、確かなゆとりが、あるものです。
ほんとうのことに、大切なことに、気付いていられる、ゆとり。
そこにある苦しみに、大丈夫、と伝えられる、ゆとり。
ありがとう、と伝えることを忘れないでいられる、ゆとり。

日々の、ほんとうに身近なところから、でいいのです。
それが直接被災者の方々に、でないからといって、卑下しないで・・・。
今、ここに、目の前にいる誰かに、でいいのです。
小さなこと、でいいのです。
「ゆとり」を忘れないで、
「気」を「付け」て、
できることを、やりましょう。

たとえば、ゆだねること、とか、ゆずること、とか、待つこと、とか。
引き受けること、とか、シェアをすること、とか。
それらは、心のゆとりが確かにあるからこそ、
信頼や理解が確かにあるからこそ、
ほんとうに、できることです。

そうすることで、そこに生まれた小さな安心は、
「気付き」の連鎖となって、「ゆとり」の連鎖となって、
必ず、大きなあたたかな流れへと、育っていきます。
必要なところへ、きっと辿り着きます。




祈りましょう。

心を強く、共に歩んでいけますように。



祈りのための香り
   スパイクナード 1滴
   マジョラム・スイート 2滴
   ローズウッド 2滴
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by leaf-child0802 | 2011-03-17 13:42 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

Warm

明日は立冬。
あたたかいものに、心底癒される気分になる季節ですね。
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↑スタジオにいらしたお客様が、ほっとできますように・・・と、サービスでお出ししているハーブティーたち。
スタジオのオリジナルブレンドです。
いつも必ず、名前も付けます。
向かって左から、Love・Free・Trust。
この11月からの、新作です。

ブレンドを作る時は、たいてい、名前をイメージすることから始めます。
そのイメージへと、ハーブたちの効能や、色、支配星を繋げて、作っていきます。
これがまた、なかなか楽しい作業なんです。

今回は、お花をちょっとたっぷりめに使ったので、いつにも増してgood lookingに仕上がりました。
・・・ということで、パチリ。(←一種の親バカです・・・。)

First, warm yourself.
Love yourself.
Free yourself.
Trust yourself.

あたためる香り
   マジョラム・スイート 2滴
   オレンジ・スイート 1滴
   モミ 1滴
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by leaf-child0802 | 2010-11-06 14:55 | 樹々と花と緑葉と | Comments(0)

ブルーの中の一日

昨日は射手座の満月の日でした。

それはそれは、いいお天気。空のブルーを少しも損なうことのない、澄んだ空気は、すぐ近くに梅雨が待ち構えているとは思えないくらい、涼やかで軽やかでした。

そんなワケで、思いきって少し遠出をしてみることにしたのです。

ちなみに射手座は、旅を司る星座。
けれどもそれは、気分転換のためのちょっとしたもの、というよりは、世界の広がりを、そして、自分の拡がりを、感じられるような、そんな旅です。

電車に乗って、一時間と少し。そこからさらにバスに乗って、少し。
そんな日帰りの、小さな旅。
けれども、射手座っぽい旅になりました。
それが、ブルーの中への旅だったからです。

オーラソーマでは、射手座のテーマカラーをブルーとみています。

澄んだブルーの空のもと、海の絵を観に、海辺の美術館へ、向かいました。

菅野圭介展 色彩は夢を見よ
@横須賀美術館
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お外がほんとうに気持ちがよくて、建物の中に入ってしまうのが、惜しいようではありましたが、この美術館、中に入っても気持ちがよいのです。
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↑エントランスホール。
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↑とある踊り場。階段の手すりに、空のブルーがうつっているのが、おわかりいただけるでしょうか?
平らかな白の壁や天井や床が、そこここに、印象的なかたちに開けられた窓からそっと注いでいる、空の青、海の青、樹々の青を、やさしく受けとめていました。
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そして、水平線が覗くらせん階段を上っていくと・・・
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この素敵な美術館の、ちょうど中心の辺り。
展示室と展示室の間の、本来は通り道と思しきスペース。
そこに、海、というよりは、水平線、を描いた、シンプルな構図の絵ばかりが5枚ほど、かけられていました。

菅野さんは、晩年、という言葉がさらりとは馴染まないような年齢で、亡くなられています。その晩年に彼は、こんな風にして海を、繰り返し描いていたのだそうです。
ワンパターン、と謗る友人に、彼は言ったそうです。「自分は海の最も美しい描き方を見つけようとしているのに。」と。

そもそも、菅野圭介さんの絵は、とてもよい感じに洗練された色彩感覚と、simpleさが、際立って印象的な絵です。
simpleで美しいものには、essenceのharmonyが豊かに響いています。
豊かであるためには、complexであることは必要ではないのです。



それらの絵は、一見、杉本博司さんの「海景」シリーズにも、似ています。
けれども、ひとつ、決定的な違いがあります。
それは、砂浜が、描かれている、ということ。

杉本さんの「海景」は、普遍性を強く感じさせます。
それは、海のイデアのようでさえ、あるのです。
そこに砂浜は、うつっていません。

一方菅野さんは、砂浜をも、描きました。
その砂浜の上に、菅野さんは、いるのでしょう。
そこに立っているのでしょう。
そこに座っているのでしょう。
そしてそこから、海を、水平線を、空を、果てしなく豊かなブルーを、観ている。
もしかしたらそこで、何かを見つけたいと、憧れながら。

そうして、simpleに美しくなっている、絵たち。



その目線は、果てしないブルーに向かって矢を放つ、射手座にも似ているようでした。
矢は、放たれたその果てに、届き、貫くべき中心を備えた的があってこそ、まっすぐに力強く、飛んでいくことをします。
けれども、ブルーの中では、感じるのです。
そんな中心は、ほんとうは、どこかの果て、ではなく、ここ、にあることを。
なぜなら、果てしないブルーは、探さなくてもいつだって、ここにあるのだから。

よい一日でした。

ブルーの中にいる香り
   ミルラ 1滴
   ヒノキ 2滴
   ペパーミント 1滴
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by leaf-child0802 | 2010-05-29 15:38 | お出かけの記憶 | Comments(4)

きになるき

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名前は、知っています。ガジュマルさんです。

ほんとに、日立のあのCMに推薦したくなるような、立派な樹。
奄美空港から、車で15分ほど。赤尾木、という集落にある教会の樹です。
自分で車の運転ができない私。バスだとか、ホテルの送迎車だとか、気ままな寄り道ができないモノに乗って通り過ぎるたびに、窓越しにそっと挨拶をしていた、気になる樹でした。
今回は、ここまでお散歩ができるとっても素敵なところに滞在することができたので、よろこび勇んで会いに行って来たのでした。

旧約聖書は、かつて多くの祭壇が、樹の下に建てられていたことを伝えています。
理由は、木陰が心地よいから。
いつだって、天と地を繋いで、そこに立っていてくれる、大きな樹。
その木陰に抱かれて感じる、守られている、と思える、安らかさ。
それに寄り添って感じる、共にある、ということを、疑わなくていい、という、安らかさ。

日の光も、雨も、風も、鳥たちも、虫たちも、獣たちも、そして、人たちも、そこに集うでしょう。



そんな樹が、こうして教会にあるって素敵だなあ…とずっと思っていました。
そして、今度の日曜日、ここで、なにやら素敵な集まりが、開かれるそうです。
主催されているのは、今回滞在した素敵なところで、お世話になった方。たまたまこの集まりについてのお話をきくことがあって、「それ、いいなあ。」と、心待ちにしていたのでした。
・・・と言っても、東京に戻っている私は、さすがに行けないのですけれど、奄美在住の方々、ぜひ。

木陰の集いの香り
   ファー 3滴
   プチグレイン 1滴
   オレンジ・スイート 1滴

最後に、素敵な樹の本をご紹介。
 長田弘「人はかつて樹だった」
そこに立つことの、ここにあることの、うつくしさを、感じられる詩集です。
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by leaf-child0802 | 2010-05-21 11:45 | 奄美のこと | Comments(0)

blue blanket

blue blanket。
「持っていると心が落ち着くもの」のこと。
それがこの言葉のモトなのかは、定かではないのですが、スヌーピーの友人(?)、ライナスが持っている「安心毛布」が、ブルーだそうです。

小さい頃の私の「blue blanket」は、オフホワイトの地にオレンジがかった赤の細い線で子羊の絵柄がたくさん描かれている、ベビーサイズのカーゼケット。能登の祖母のところへ行く時も、それだけは自分で持って行ったことを覚えています。
ちなみに、一番お気に入りだったぬいぐるみも、子羊でした。
どちらも名前は「ひーちゃん」。(幼子故に、見事に安直。)
子羊、というのは、純真無垢の象徴であるとともに、守られ導かれることを必要としているものの象徴でもあります。
偶然、なのかもしれません。けれどもたしかに私は、人一倍守られ導かれることを大切に思っている、そして懸命に求めている子供だったような気が、します。

大人になった私にとっての「blue blanket」は、本です。
囲まれていると、落ち着く。持っていると、もちろん落ち着く。
先月歯医者に通っていた時も、かかさず持っていました。
治療台の上でがりがりとやられている時、やっぱり気が付くと、手がグーになっていたものだったのですが、そんな時、「ああ、そうだ。本を持って来てるんだった。」と、お腹の上に乗せたままにしていた読みさしの本に手をやると、力が上手に抜けるのでした。

手触りとか、肌触りとか、それからにおい、とか。
持っていると落ち着くもの、であるためにまず大切なのは、そんな要素であるような気がします。(お気に入りの毛布やぬいぐるみを洗濯したら、子供が泣いた、とか、怒った、というお話もききます。)
人間は、この世界を認識しようとする時、その情報源の80%から90%を視覚に頼っている、といわれていますが、もっと本能的にこの世界と関わろうとする時には、むしろ触覚や嗅覚の方が重要なのです。
なので、「blue blanket」が実際にブルーという色をしているかどうかは、おそらくあんまり重要ではないのだろうと、思います。



人間が最初に認識した色は白と黒、そして赤、それから緑、黄で、青は原色と呼ばれるものの中では一番最後だったと考えられています。また、青は、加齢などで色覚が衰える時、最初に感じにくくなる色でもあるのです。
ブルーはまた、人間が手にすることが難しい色でもありました。ブルーの顔料(その代表はラピスラズリ)は、古代からとても貴重なものでしたし、染料は、洋の東西を問わず、ほぼ藍(インディゴ)しかありませんでした。かつ、鉱物であれ、植物であれ、ブルーという色をもつものは、水や光や空気に触れることでその色を失いやすい、という性質を持っているものが、とても多いのです。
そのため、色の純粋性を重要視した西洋文化にとっては、憧れと扱いにくさのジレンマがある色でも、あったでしょう。
(余談ですが、少し前にTV放映があった、ブラッド・ピット主演の「トロイ」では、トロイの人々の衣装に藍染めが使われていました。プリアモスを演じたピーター・オトゥールのブルーの瞳と相まって、とても印象的でしたが、憧れ、扱いにくさ、そして失われゆくさだめのもの・・・といったイメージに、ぴったりしている感じがします。)
一方で、「ジャパン・ブルー」という言葉ができるほど日本人が藍で彩ることに長けたのは、その文化が自然の移ろい、というものにとてもよく馴染んだものだったからかもしれません。

けれども。

空のブルー。海のブルー。
私たちの母なる地球は、ブルーという色で満ちています。
母なるブルー。安らぎと、保護と、信頼と、慈しみのブルー。
聖母マリアのマントは、やはりどうしてもブルーでなければいけなくなりました。
オーラソーマでは、ブルーのことを「第一の原色」と呼んでいます。
私たちが「個」となる前提として、「大いなるものとひとつであった」ことを、伝えてくれる色です。そして、そのことを忘れずにいることの安らぎを、伝えてくれる色です。

「blue blanket」が実際にブルーという色をしているかどうかは、あんまり重要ではないのでしょう。
ただ、その「持っていると落ち着くもの」には、たしかにブルーのエネルギーが満ちているだろうと、感じます。
幸せの色でもある、ブルー。
あなたの「blue blanket」は、何ですか?

blue blanketの香り
   カモミール・ブルー 1滴
   マジョラム・スイート 2滴
   マンダリン 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-03-08 15:17 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)