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ことの葉暦

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かなしや

あっという間に、ゴールデンウィーク…。
新芽たちも、赤ちゃんから、すっかりしっかりとした若者になっています。

歩待たないのが、時(クロノス)。

人にとっては、歩み続けることが、とても苦しく、難しく感じられることもある。
けれども、歩み続けなければ、
いくべきところへはいけない。
かえりたいところへはかえれない。

何があっても、確実に歩み続けるクロノスの姿を心に留めること。
苦難の中で、導きとなること、のように思います。

昨日は、震災から四十九日でした。
時を数える。
やらなければならないことを、忘れないでできるように…。
厳しいこと、であるかもしれないけれど、
生き続けるものたちにとって、
歩み続けるものたちにとって、
大切な智恵であるように、感じました。



四十九日。
大切なものを失った人にとっては、
短いような、長いような。
ただ、
時の流れが悲しみを、丸くなめらかに磨き上げるには、まだまだ
…きっとそうでしょう…。

「喜怒哀楽」
人の感情の基本的なものを、そんな風に表わしますが…。
「かなしみ」は、他の3つとちょっと違うような、そんな気がするのです。
ほんとうの「かなしみ」は、
他の3つとは比べものにならないくらいに、
「大切なもの」がある、ということに、
「愛するもの」がある、ということに、
とてもとても親密に結び付いている…そんな気がするのです。

「かなしい」…
「哀しい」と書きます。
「悲しい」と書きます。
そして、「愛しい」とも書きます。
悲しいことと、愛しいことは、同じ音・同じ響き、なのです。

「愛(かな)しい」…
辞書でひくと、
「”しみじみと、いとしい感じがする”の雅語的表現」
…と書いてありました。
例えば、古文の授業で、枕草子なんかで、習ったなあ…と思い出される方が、多いかもしれませんね。

奄美には、今もよく唄われているシマ唄に、
「行きゅんにゃ加那(かな)」という唄があります。
「愛しい人よ、行ってしまうのですか…?」
その「かなしみ」を、唄う唄です。
また、「なつかしゃかなしゃ」という言葉があります。
ほんとうに、心いっぱいに染み透るように、
懐かしくて愛おしい、という感情を、覚えること。



わたしたちが、どうしようもないくらいに「かなしく」なるのは、
「いとしい」と、どうしようもなく、感じられているからこそ。
それは、とても苦しいことかもしれない。
けれど、不幸せなことでは、決してない…そんな風に、思うのです。



「かなしゃ」の香り
   ベルガモット 2滴
   フランキンセンス 1滴
   サイプレス 1滴   
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by leaf-child0802 | 2011-04-29 11:44 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

物語を着る楽しみ

とっても久しぶりに、あるものを買いました。
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St. JamesのボーダーTシャツです。

流行というものをまるでフォローしなくなって、もうずいぶんになります・・・。
好きなもの。
着心地よく感じるもの。
自分に似合うと思えるもの。
そういうものが、しっかり分かった気になって、すっかりそれらに安住するようになっているのですが・・・。

以下、徒然な調子の、ボーダーにまつわる雑話です。
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by leaf-child0802 | 2010-04-02 15:25 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

ショパンの調べ

冷たい雨が降っていた、日曜日の朝。
仕度をしながら、天気予報が観られないかとテレビをつけてみると・・・そこには、ブーニンがピアノを弾く姿が!
懐かしい!!(・・・と言ってしまってはいけないのでしょうか??今でももちろんご活躍されているのですから…。)
「題名のない音楽会」という番組でした。

彼のピアノが一大ブームとなるきっかけになった、1985年のショパンコンクールで優勝した時の演奏を、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。
今、25年を経てあらためて言葉にするのに、感触を確かめようとしても、ちゃんとできるぐらいに、まだ小学生だった私も、それを、はっきりと記憶に刻んでいたのでした。

コンクール、というと、緊張と集中のためか、苦しそうだったり、思いつめているみたいだったり・・・あんまり楽しそうじゃないなあ…この人たちはほんとうにピアノを弾くのが好きなのかなあ…と子供心に感じてしまうような光景がたいていそこには展開されていて、音楽が心を出入りするのに十分な呼吸ができないような、そんな気分で眺めていたものだったのですが。
天使が飛んでいるみたい・・・そんな圧倒的だけれど、やわらかな恍惚が、彼が弾くピアノには、感じられたのです。

当時の私のピアノの先生は、今思えばどうやら、赤毛のアンのように何かをやらかす、というまでではないにしても、感受性に委ねて想像に遊ぶことに夢中になってしまうところが多分にある、まだ小さくて未熟な私(ちなみに、感受性と想像力の星である海王星が、よろこびや創造的な自己表現へとエネルギーが向かう第5ハウスにいます。)に、甘いお酒のようなショパンを与えるのはちょっと危ないかも…と思っておられたらしく(海王星はアルコールと幻惑の星でもあります。)、もっと率直に健やかで、しっかりとして明瞭な美しさがある、古典派のモーツァルトやハイドンをたくさん弾くように、とされていたのですが。(先生ご自身は、リストの極めて技巧的な作品などを、好んで弾いてらっしゃいました。)
もっとショパンが弾きたい!・・・とねだったことを覚えています。

25年を経た容姿は、それなりに変わってはいたけれど、その音ですぐ、ブーニンだと分かりました。
やっぱり、魅入ってしまったのでした。

彼がショパンを愛する理由・・・それは、ショパンの曲を弾く時、指が感じるうっとりするような、素晴らしい心地よさにあるのだとか。
美しい、とか、心地よい、と感じ、魅かれることは、金星のエネルギーとかかわりが深いのですが、彼の金星は、きめ細やかな身体感覚を持つ乙女座にありました。
そんな金星が、それまであったものにとらわれない、変化を怖れない、どこかカリスマ的でさえあるほどの創造性を感じさせる、天王星と冥王星のコンビネーションに重なっています。彼の解釈が異端的、とも評されるのは、この星たちのパワフルさに理由がありそうですが、乙女座は、その繊細で器用な手先で、きちんと見事なものをつくろうと努力する星座でもあります。解釈は「異端的」でありながら、その演奏に、信頼するに足る整い方が感じられるのは、乙女座のエネルギーが活かされた、端整なテクニックあってこそ、なのかもしれません。
加えて、情熱の星・火星は、燦然と輝くことを使命のように思っている真夏の太陽のような獅子座にあり、芸術家の星とも呼ばれる海王星と、互いにとても意識的にならずにいられない関係になっています。彼の表現力のまばゆさ、ドラマティックさを、即座に思い描ける、星模様です。

昨日(2010年3月1日)は、ショパンの生誕二百年にあたるのだそうです。
ただ、ショパンのお誕生日については説がいくつかあるのだとか・・・。
そこで、そのいくつかの説について、ホロスコープを描いてみたのですが・・・。
やっぱり、1810年3月1日、が一番ふさわしい、というか、そうであったらお見事!・・・な感じでした。
その人の中心、であり、全てのエネルギーの源、である太陽と、美と調和の星・金星が、魚座で重なっています。魚座はその守護星である海王星と共に、心を震わせる芸術、中でも音楽とゆかりが深い星で、美の星・金星は、その許では「昂揚」する、とされています。
しかもそこに、人々を根底から揺さぶるような、とてもとても強いエネルギーを持った冥王星まで、重なっています。
情熱の星・火星は、自分の本来の居場所である牡羊座にいます。Wikipediaのショパンについての記事の中に、「新しい演奏技術の開拓に果敢に挑み」という一文があったのですが、十二星座の一番目であり、新しい地平へと果敢に向かっていく、勇気ある牡羊座にある火星のエネルギーが充実している様に、ぴったりです。
金星と火星は、共に恋愛に関わりのある星ですが、この二つの星がこんなにパワフル、というのは、ジョルジュ・サンドとの恋を大いなるモチベーションとした彼の生き方に、ふさわしい感じもします。
そしてこれらの星が、全て芸術家の星・海王星と、密接な関係を結んでいるのです。

音楽は、目に見えないエネルギーとか、波動、といったものを感じ、受け容れることを身近に楽しんでみるのに、とてもよい方法なのではないかと思います。星のエネルギーの感触を、イメージすることを助けてもくれそうです。
ホロスコープの情報というのは膨大なので、簡単にまとめる、というのはなかなか大変で、書きたいことはまだまだあるのに、すでに長くなってしまいました・・・。おりをみて、別の音楽家さんたちを観ることも、またやってみようかな、と思います。

ショパンの調べの香り
   イランイラン 1滴
   サンダルウッド 1滴
   ローズウッド 2滴
   フランキンセンス 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-03-02 14:19 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

梅は咲いたか、桜はまだか

有栖川公園では、白梅が盛り。
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このかたち、好きです。
可憐でいて、しっかりしたところもあって。
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追うようにして、紅梅も咲き揃ってきました。
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空気はまだ冷たいけれど、冬の間、澄んだ中でずっと凛としてきた光は、少しずつよろこびを隠せなくなってきているようです。
樹々たちが、順々に目を覚まし始めている気配が、感じられるようになってきています。

バラ科でもあり、よい香りがして、愛らしい花をたくさんつける梅の樹は、やっぱり金星の樹、なのでしょう。
ただ、桃や桜に比べると、花は控え目な感じだし、幹や枝は、歳月に鍛えられた風情を醸しています。
とても身体によい実も、生るようになるまでには何年もかかるそうです。美味しく食べるにも、手間と時間をかけないといけません。
そういうところは、どことなく、土星っぽい。

やはり日本の春を感じるには欠かせない桜の樹も、美しい花をいっぱいにつけることから、金星の樹、と考えられます。(例えばカルペパー=17世紀イギリスのハーバリスト・占星術家の説。)
けれど私は、なんだか桜には、海王星っぽさを感じてしまうのです。
その狂おしいようにして咲いて散る花の、宿命に、陶酔しているような姿に。
そしてその美しさに、人々が耽溺している様に。
桜の樹の根元には、死んだものの身体が埋まっている・・・そしてその血を吸い上げて、その花はあの仄かな紅色に色づくのだ・・・というお話を、いつかきいた気がするのですが、そんな妄想を抱かせてしまうところも、なんとも海王星的です。



今年の梅の、一番の見頃までは、もうあとちょっと。
愛を語る人々の声が賑やかになる、ヴァレンタイン・デーの華やぎの頃になるのでしょう。
今年のヴァレンタインの頃は、星空でも、春を告げる花たちのような金星や海王星が、咲き誇るようにして、印象的な眺めをみせてくれます。

けれど、残念なことに、明日からしばらく東京を離れるのです・・・。
パソコンを使えない状況にもしばらくなるので、ちょっと早いのですが、ヴァレンタインの頃の星空についてのお話を、書いておくことにします。

今年のヴァレンタインは・・・
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by leaf-child0802 | 2010-02-09 16:14 | 星空のお話 | Comments(0)

Happiness In One's Bag

身軽なことを愛する私。
故に、いつも荷物が少ない私。

最近のお気に入りのバッグはコレ↓
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歌舞伎がお好きな方は、「あ!」…と思われたかもしれません。
中村屋(新宿の有名なカレー屋さんではないですよ。)のエコバッグ。
紋のワンポイントの渋さと、ザブザブ洗ってしまえるところが、とっても気に入っています。

たくさん入りそうなバッグなんですが、お出かけに私が携えていくモノというと、
・おサイフ
・お家の鍵
・携帯電話
・小瓶入りのクリーム(ホホバオイルと蜜蝋と、エッセンシャルオイルで作られたもの。唇にも手にも髪にも使えます。)
・ハンカチ(たいていタオル地のもの)
…に加えて、
・長く電車に乗る時は、文庫本
・たくさん歩いたりする時は、ハーブティーをいれた小ぶりのペットボトル
・朝夕の寒暖の差や冷房が気になる時は、カシミヤのストール
・美術館やギャラリーに行く時は、資料をはさんでおくためのクリアファイル
…がせいぜいなので、バッグはたいていゴソゴソしています。

けれども、明日のお出かけのための荷物が入れられたバッグは、写真のとおり、ちょっとふくらんでいます。

実は、明日は父の誕生日なんです。
新年最初の、家族の大集合!の予定。
…なんですが、こんな時に、弟が膝の手術のために入院をしていて、birthday dinnerの前に、お見舞いにも行く、というかたちになりました。

…というワケで、父へのプレゼントに、弟へのお見舞いのお菓子と、甥っ子たちへのお年玉で、いつになくふくらんでいるバッグなのでした。

贈り物でふくらんでいる、そんなバッグを眺めていて、ふと、思いました。
「クリスマスに一等に幸せなのは、子供たちよりもむしろ、贈り物でいっぱいになったバッグを持てる、サンタさんなのかもしれないな。」

バッグのふくらみと重さに、贈る幸せの感触を、堪能している私です。

贈り物の香り
   マンダリン 1滴
   グレープフルーツ 1滴
   ローズウッド 2滴
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by leaf-child0802 | 2010-01-16 17:55 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

禁断の果実?

今、ハマってます。その2。
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イチジクのベーグル。

果物大好き!な私ですが、子供の頃唯一手をつけようとしなかったのが、実はイチジクでした。なんだかグロテスクな感じがしたからです。
でも大人になって、ワインなんかも嗜むようになってから、火が入って甘味がぎゅっとしっかり濃くなったものと、バターっ気のない素朴な風味のパンとの組み合わせが絶品!ということに気付きました。

ブドウやザクロなどと並んで、古くから豊かさの象徴とされてきた果実。
「豊かさ」というのは木星に結びつくイメージなのですが、受胎と多産の樹、とも呼ばれるイチジクが喚起させる「豊かさ」には、溢れるように豊潤な生命の感触と共に、「エロティック」なイメージが充満しています。「エロス」はアフロディーテ、すなわち金星の女神の息子で、占星術では、官能的なものを司るのは金星と考えられてきました。
先日、鏡リュウジさんによる、金星のシンボリズムに関する講義に参加してきたのですが、金星のエネルギーというのは、生命を循環させていくモチベーションとなるものなのだな、という印象を持ちました。
けれど精神性を重んじたキリスト教の伝統では、金星のエネルギーの持つ官能的な側面は背徳的とされ、とり払われる傾向にありました。そんな中で、イチジクは肉欲の罪や異端の象徴とされるようになります。

古代エジプトでは、イチジクの樹の女神はその果実と樹液によって永遠の生命をもたらす、とされていました。
永遠の生命とは、繋がっている生命たちのことです。循環する生命たちのことです。
そしてイチジクが司るエロティックなエネルギーもそこになければ、その「環」は完成しないのです。
そういえばベーグルって、「環」になっていますね。イチジクのベーグル・・・なかなかパワフルな食べものかもしれません。

一説によると、アダムとイヴが口にしてしまった「禁断の果実」は、イチジクではないかとも考えられているそうです。その後に身体を隠すのに使ったのがイチジクの葉だったから、というのがその理由のようですが、イチジクの官能的なシンボリズムと、その「禁断の果実」が実は「知恵の実」だったというのは、なんだかしっくりしないような気がします。
ところが、「禁断の果実」と考えられている他の果実たちも、リンゴだったり、アンズだったりと、金星の果実たちなのです。
金星の、いったいなにが「禁断」なのでしょうか。
もしかしたらそれは、「自分をよろこばせる」ことに傾いてしまうことなのかもしれません。
「禁断の果実」を口にしたことで、アダムとイヴが「自意識」に目覚めました。(裸でいることが恥ずかしいと思い身体を隠すことをしたのは、「他者」から見られる「自分」の姿を意識するようになったからです。)
それまでは、彼らは彼らのいる世界とひとつでした。彼らのよろこびは、純粋に世界のよろこびでした。
けれども、「自意識」に目覚めることによって、彼らは世界と分かれました。彼らのよろこびは、世界のよろこびそのままでは、なくなってしまったのです。
金星の果実を口にすることで、人間は、よろこび、というものに、望む、ということに、意識的にならなくてはいけなくなってしまったのかもしれません。それが、純粋であるために。

今、金星は、土星と一緒にいます。
土星は、誠実であること、責任を持つこと、いかにあるべきかに意識的になることに向き合うように促す星です。
今月が終わる頃、そんな土星は、約2年ぶりに星座を移動し、金星を守護星とする天秤座へと入っていきます。天秤座は「他者」との関わりを通して「自分」を意識していく段階を司る星座ですが、実は土星は、天秤座にいる時、「昂揚する」=その惑星のよいところを強力に発揮する、と言われています。
そんな時の気配を感じつつ、あなたの望みのあるべきかたちに意識的になっておけると、いい頃かもしれませんね。

よろこびに意識的になる香り
   ペパーミント 1滴
   サイプレス 2滴
   ベルガモット 2滴  
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by leaf-child0802 | 2009-10-12 15:07 | 星空のお話 | Comments(0)

愛を紡いだ布の名前

今日は再び秋雨の只中の東京ですが、中秋の名月に心を配るかのように、週末の間は、雲が遠慮してくれていました。皆さんはお月見、満喫できましたか?

そんな月を望める空の下、城南海さんのライブを観に出かけてきました。
奄美大島出身の彼女の名を、シマで初めて目にした時は、ちょっと読み方に戸惑いました。
「うみちゃんていうのかな?・・・としたら、じょうなんさん??」
・・・正解は、「きずき みなみ」さんです・・・。
そういえば、元ちとせさん、中孝介さん・・・もそうですし、私の知人たちもそうなんですが、シマには名字が一文字、という方が多いのでした。
それにしても、その文字を目にしただけでシマの光景が浮かぶような、きれいにできた名前だなあ・・・と心に残ったのです。
最近になって、TVで「アイツムギ」という曲を唄われているのを聴き、生で観てみたい!と思っていたところ、すぐ近くで満月の日にライブをされる、ということを知ったので、行ってみることにしたのでした。

場所は、代官山にある、新しそうで小綺麗なライブスペース。程好く高い天井。深すぎない奥行き。椅子に座ったお客さんたちとも楽に目があうような、低めのステージ。
そこに、アーティスト、というよりは、唄の上手な可愛いお嬢さん、という感じの、初々しい彼女の雰囲気が充ちて、アットホームな空間になっていました。

彼女の初めてのワンマンツアーのファイナルだったらしく、アンコールに武部聡志さんがゲスト出演されたり、と、なかなか贅沢な構成のライブでした。
個人的には、マイクも通さず、ほんとうの生でシマ唄を唄ってくれたのがうれしかった。(曲は、「行きゅんにゃ加那」でした。)
ただ、彼女の個性、なのかもしれないのですが、私の心にあるシマ唄の感触とは、少し違ったものがあったように感じました。
あくまでも私にとって、ですが、シマ唄は、なんだか、心ではなく、身体で唄われているような感じがしているのです。魂の記憶、ではなく、血の記憶、が唄わせているような感じがしているのです。だからどれほど懐かしさと愛おしさを感じても、学んで鍛錬しても、そのシマで生きた記憶が刻み込まれた身体を持っていない自分には、唄えるようにはならないのだろうなあ・・・と思わされてしまうものなのです。
でも、彼女のシマ唄は、例えるなら、まだ何も知らないように思える赤ちゃんの、無心のように感じられる笑顔みたいでした。
それでもやっぱり、無性に奄美に行きたくはなったけれど。

アンコール前のラストに唄われた「アイツムギ」は、やはり素敵な曲でした。(作詞・作曲は川村結花さん。ちなみに川村さんは、中孝介さんの新曲「空が空」も手がけてらっしゃいます。こちらも素敵な曲で、オススメです。)
ふと、先日お話した、「愛と感謝」の物語を、思いました。

どうしようもなく大好きな誰か。大好きな何か。どうしようもなく大切な誰か。大切な何か。
生きることを支えてもらっている、と思わずにいられないほどの存在に巡りあえていることに気付くことができた時。愛するもので手が、心が満たされていることに気付くことができた時。
感謝せずには、いられないと思うのです。
その存在を生んでくれた、その存在より先に生きてきたものたちに。
その存在を育んでくれた、その存在の内に通うことをしたものたちに。
その存在を生かしてくれている、その存在と今共にあるものたちに。
そして、気付くのです。
この世界が、どれほど感謝せずにはいられないものたちで、溢れているのかに。
そして、知るのだと思います。
そんな世界に、自分が生かされることができていることの幸せを。

愛を紡いでできるのは、感謝という名の糸です。
感謝を織りなしてできるのは、幸せという名の布です。
それは、煌びやかではないかもしれないけれど、きっとそれぞれに、とても美しいことでしょう。手触りはしっかりと心地よいことでしょう。
そして、大事にされることでしょう。
それでも、いつか綻ぶこともあるかもしれない。
けれど、糸を紡ぎ、布を織りなし続けるのに充分なだけの勤勉さ、というものも、きっと私たちには備えられているように、思うのです。

愛を紡ぐ香り
   マジョラム スイート 2滴
   ゼラニウム 1滴
   マンダリン 1滴

ライブが終わって外に出ると、十六夜の月が、街中の晴れた夜空の、ムラのない菫色の中に、浮かんでいました。人間が営む明かりたちからは、超然として見えるぐらいに凛として。
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by leaf-child0802 | 2009-10-05 14:25 | 奄美のこと | Comments(0)

秋空礼讃

東京は、お彼岸を待たずにすっかり秋めいています。
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↑家の近くで、ハナミズキの実がなっているのを見つけました。葉っぱの緑の中の青たちが旅立ち始めている気配がしてきていて、秋っぽくていい感じ。

夏、というと、人も草木も「生きていることを謳歌するぞ!」という感じに、湿気にも熱にも紫外線にもめげずに旺盛に活動する感じがありますが、私は東京の夏がとっても苦手なので、冬眠ならぬ夏眠状態になってしまいます・・・。
これでも子供の頃は、ヴィヴァルディは「四季」の「夏」をどうしてあんな憂鬱な感じの曲にしちゃったんだろう?・・・なんて思っていたものでしたが・・・。きっと、夏休みになったら能登のおばあちゃんの家に行けるし、海にも行けるし(奈良には海がないのです。)、お誕生日もくるし・・・と、楽しいこと満載感が先に立って、気候の加減なんて気にならなかったんだろうな、と思います。
夏休みがあるわけでもなく、お誕生日を待ち遠しく思う歳でもなくなったこの頃。ですが、カレンダーに頼るのではなく、ただ静かに、純粋に、風や光の加減に五感を澄ませて季節を感じようと送る日々を、私はとても気に入っています。だから秋の静けさは大好き。真夏の興奮やちょっとした狂乱を過ぎて、いろんなものがあるべきところにあることを確かに感じていられるような落ち着きが、大好きです。
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↑これは昨日の空。秋の大気の繊細な筆遣いが描いた雲。
お昼間から安心して心地よくたくさん歩ける気候になりました。夜は夜で、心置きなく窓を開けておけます。乾いて透明の輪郭がはっきりしている空では、月も星たちも鮮やかです。「秋の星空は一等星が少なくて地味」といいますが、瞬きのひとつひとつを愛でていれば、さみしいことなんてありません。
さあ、うんと空をみるぞ。

「今、ここを生きる」ことは、とても大切なことです。でも、だからと言って、足もとばかり見ていても、歩くことは難しいと思うのです。空だとか、樹々の梢だとか、手は届かなくても周りにいてくれるものたちに、心を向けていられる安らかさも、日々生きるために大切なことだと思うのです。

昨日深夜に、開けたままにしていた窓を閉めようとしていたら、東の空にオリオン座が昇っているのに気付きました。秋の先には冬も、ここに来るべく近付いているんだな、と思いました。
わたしたちがいつだってふと気付けるように、そこでもここでもたゆまなく守り続けられている自然の約束。わたしたちが安らかさを見失っても、心を向けることを忘れても、誠実に守り続けられている約束。
きっといつだって、どこかでそれを信頼しているから、わたしたちはここを生きることも、ゆく手を想うこともできるんだなあ、と思いました。ふと気付ける、ということの気楽さに、感謝。

ちょっと待ってみたのですが、低いところに雲がかかっていたこともあって、さすがにシリウスが昇るところまではまだ見れないまま、昨夜は窓を閉めました。でも、あのきらきらした姿に気付かずにはいられなくなる季節も、もうすぐです。
楽しみにしておこう。

秋空の香り
   マートル 1滴
   サイプレス 1滴
   オレンジ・スイート 1滴
   
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by leaf-child0802 | 2009-09-11 14:56 | 季節の言祝ぎ | Comments(0)

豊かな時間の使いかた

「極上の推理モノには目がない。」ものにとっては、とってもさみしいニュースを昨日ききました。
オリエント急行が、年内で廃止になってしまう、というのです。

オリエント急行、といえば、アガサ・クリスティ、そしてエルキュール・ポワロでしょう。「オリエント急行殺人事件」は、推理モノとしても秀逸なことはもちろん、エルキュール・ポワロという、「sophisticated」や「elegant」であることにとても(時に揶揄されてしまうほど滑稽なくらいに)意識的なキャラクターが主人公に選ばれていることで、その列車に豊かに流れていた佳い空気や時間にまできちんと想いを至らせてくれる、素敵な娯楽小説になっています。

ロンドンからパリ、そしてヴェネツィアからイスタンブールへ・・・ベタだけど、どうしたって憧れずにはいられないルートを、誇りといっぱいの心遣いをこめてしつらえられた贅沢な列車に乗ってゆっくりと旅をする・・・「いつかきっと!」と、思わずにはいられませんでした。もっとも、イスタンブールまで行く列車はずいぶん前に廃止されており、ルートは短縮の一途をたどっていたのですけれど、せめてゆかりの場所を目にしよう!・・・と、十数年前、初めてロンドンを訪れた時には、Victoria駅の専用待合室を見に行ったものです。(ウロウロし過ぎて係員さんに不審な目でみられてしまいました・・・。)

この素敵な列車は、戦争や鉄道事業の盛衰による紆余曲折の歴史を持っているのですが、今回の廃止は、コストがとってもかかっていることと、飛行機などと競合出来ないことが主な理由だそうです。
たしかにこの未曽有の大不況・・・「お金をかける」という意味での贅沢について見直すことを余儀なくされるのも、効率的であることが優先されるのも、仕方のないことなんだろう・・・とは思います。
なにしろ飛行機なら数時間で行けるところを、数日かけて行くのです。たっぷりの休暇も必要だし、ゆっくりとした食事やお酒やお茶と語らいを楽しむ身だしなみのために荷物が大きくなることを許せて、無為の時間を楽しむ自信もないと、満喫することが難しい旅です。
お金だけではなく、心のゆとりも不可欠なんです。哀しいかな、不況で人々が失ってしまうのは、むしろこの「心のゆとり」のような気もします。

心にゆとりがあれば、どんな時間にもちゃんと豊かさを感じることが出来るように思います。
例えばただ待っている時間でも。ただ眺めている時間でも。静かにとまっているようでも。
そんな時間は、無為で、受動的で、活動的でないみたいにみえるかもしれないけれど、実はいろんなことに気付けたり、いろんなことを受けとれたりする時間でもあるのです。そうやって静かに満ちた時間の豊かさの感触、というのは、ものすごくしっかりしているように、思うのです。

speed up。
時間というのは限られたものだからこそ、その中での活動の密度を濃くしよう、と人間はいろんな工夫をしてきました。そうして出来ることが増えれば、もっと豊かになれるはず、と、思っていたのだと思います。
でも、昔の人たちより今の人たちの方が、たくさんのことが出来て、豊かになっているのかというと、そうでもないような、気がしませんか?貧しさに、時間がないことに、出来ないことに、もっと怯えるようになっているような、そんな気が、しませんか?
slow down。
馳せることをやめるのは、あきらめることじゃなくて、焦るのをやめることなんだと思うのです。先のどこかを求め続けるのではなく、今を大切にすることに時間をかけることだと、思うのです。
そうやって時間を使えたら、苦しくないし、しんどくないんじゃないかな、と思います。

時間の豊かさを感じ尽くそうという意気込みさえあったオリエント急行。
こんな時代にこそあり続けて欲しいような気がしますが、いつか、復活するといいなあ・・・。

豊かな時間を乗せる列車の香り
   シダーウッド・アトラス 2滴
   ローズウッド 1滴
   パルマローザ 1滴

ちなみにオリエント急行には、あのラリックが内装を手掛けていた食堂車もあって、箱根・仙石原のラリック美術館には、その車両を使ったカフェレストランがあるんだそう。行ってみなくては!
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by leaf-child0802 | 2009-08-25 15:11 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)

深読み「アロマ殺人事件」

謎解き、というのが大好きな私。
シャ-ロック・ホームズ、エルキュール・ポワロ、そして杉下右京。スマートな身なりの一級の知識人。だけど(だから?)凝り性。鋭い観察眼を持ち、時に周りをはっとさせずにはおかない温度や光をその内に秘めながら、潔いくらいエキセントリック・・・そんな主人公たちがみせてくれる、極上の推理モノには目がありません。

最近ちょっと気に入っているのが、「警視庁捜査一課9係」の、加納倫太郎。(演じているのは渡瀬恒彦さん。)
そんな彼が主人公のドラマで今週、「アロマ殺人事件」と題されたストーリーが放送されました。

アロマに携わっている立場からすると、突っ込まずにはいられない(ちなみに根は関西人。)ところもいくつか・・・。
例えば、精油を垂らす時、小瓶は振らないでくださ~い(静かに傾けて、滴り落ちるのを待つ、が正解です。)とか、ブレンドを試すのになんでムエット(香りを試す時に使う、細く切った厚紙のことです。)使わないのかな?もったいないなあ・・・とか、「アロマ調香師」の仕事場に、ひとつのメーカーの精油しかないなんて不自然なのでは・・・(同じ植物の精油でも、メーカーによってかなり香りに個性があったりもするからです。)とか・・・。
まあ、テレビドラマなので、画的なこととか、あるのでしょう。

でも、一番興味をそそられたのは、舞台となったヨガスクールでは「一人ひとりに自分の香りがある」という設定。
アロマショップのロケが行われていたのが、私もいつもお世話になっている「生活の木」(品質・品揃え・お値段共に使いやすくて、六本木のお店に知り合いも務めています。)の表参道のフラッグショップで、使われていた精油も全てそちらのものだったので、ちゃんとその筋の方が監修されたものだと思うのです。
・・・ということは、その香りで、それぞれの登場人物のキャラクターの深いところまで読んじゃっていいのでは?!と、思ったワケです。

以下、ちょっとおせっかいな遊びです。
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by leaf-child0802 | 2009-08-21 15:23 | 素敵なものたちのこと | Comments(0)